春の音楽祭を育てる経営者 夜の博物館で聴く
インターネットイニシアティブ(IIJ)の鈴木幸一会長が「東京・春・音楽祭」を育てている。自ら立ち上げた春祭も今年で12年目。東京・上野公園の各文化施設で4月半ばまで約1カ月続く。ヴィエニャフスキの「スケルツォ・タランテラ」を鈴木さんと聴きながら、彼が「道楽」と呼ぶ音楽祭の可能性を探った。
3月23日夜、上野公園の国立科学博物館のあちこちで演奏を聴く人の輪ができた。恐竜の骨格が居並ぶ中でハープを弾き、海洋化石の標本の横でフルートを吹くといったミニ公演が館内で5種類もある。その名も「〈ナイトミュージアム〉コンサート」。4月17日までの「東京・春・音楽祭」には130を超す公演があるが、この夜の趣向は特に変わっている。ナイトサファリみたいに館内を探検しながら音楽に出合うコンセプトだ。
「博物館は夜の方が面白いですよ」と科博館長の林良博さんは言う。「子供が喜ぶんだよね、あれ見ると」と鈴木さんはセイウチの剥製を指さす。「夜に博物館なんてめったに入れないから楽しいよね。道楽だね」と話す鈴木さんは童心に返ったみたいだ。
鈴木さんは連載中の日本経済新聞電子版「経営者ブログ」の中でも春祭について触れている。「西洋かぶれですから」と話す鈴木さんは、クラシック音楽の趣味が高じて自ら音楽祭まで作り、企業経営の傍ら、実行委員長として春祭を切り盛りしている。
私費で始めたが、実行委員会の運営に基づき、今では多数の協賛企業がある。共催はメーン会場の東京文化会館。今年は日伊国交樹立150周年を記念して3月16日、東京文化会館での「リッカルド・ムーティ指揮東京春祭特別オーケストラ&ルイージ・ケルビーニ・ジョヴァニーレ管弦楽団」の公演で幕を開けた。同じ上野公園内の科博や東京都美術館なども会場にし、従来の常識にとらわれない演奏会を催している。
鈴木さんは音楽祭の趣味を「道楽」と呼んではばからない。1992年設立のインターネットサービスの先駆け企業、IIJの経営に抜かりなく取り組んでいるからこそ、堂々と「道楽」を口にできるのだろう。
映像は、「〈ナイトミュージアム〉コンサート」のうち、小林壱成さんのバイオリン、鳥羽亜矢子さんのピアノによる演奏をとらえている。ポーランドの作曲家ヘンリク・ヴィエニャフスキ(1835~80年)の「スケルツォ・タランテラ 作品16」という小品だ。バイオリニストでもあったヴィエニャフスキは、自作に華麗な超絶技巧を盛り込み、甘美な旋律も書いた。この曲では、イタリア・ナポリの舞曲であるタランテラの速いリズムをピアノの鳥羽さんが絶妙の間合いで刻んでいく。小林さんのバイオリンによる難度の高い短調の旋律は、華麗さの中にも毒のある雰囲気だ。季節柄、桜の乱れ咲きや桜吹雪も連想させる。
科博ではコンサートの合間に科学トークショーも開かれた。それを聞いた後、鈴木さんは「ちょっとこの辺で」と会場を後にした。館内での5種類の公演は、同じ演目で時間を分けてそれぞれ3回繰り返す内容だった。一通り聴いても聴かなくても、いつでも好きなときに退場できる。決められた時間にじっと座って聴く従来の演奏会とは異なる。花見の季節。気ままな客にはぴったりのコンセプトだ。
(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)
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