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自ら起業した会社なら、できれば息子に継がせたい。こう考える経営者は多いだろう。一方で、我が子に決められたレールを走らせるのを良しとせず、あえて突き放す例もある。米国で40年前に起業し、数々の事業を手掛けてきたジェフリー・カシダ氏(68)と息子のリチャード・カシダ氏(34)は、そんな厳しい道を選んだ親子だ。手掛けるビジネスの領域は違えど、起業家の遺伝子はしっかり受け継がれている。

ジェフリー・カシダ氏の人生は異色だ。団塊の世代として常に競争を強いられてきたカシダ氏は、1970年に関西大学を卒業すると、米カリフォルニア大学への留学を決意する。海外留学が珍しい時代、何もかも手探りだった。

当時は1ドル360円。円の価値が今と比べてはるかに低く、学費はもちろん、毎日の生活費にも事欠くのが普通だった。ハリウッドの映画俳優らが多く住むビバリーヒルズで庭掃除やプール掃除の仕事を20軒分引き受け、クリント・イーストウッド氏などの知遇も得た。勢いで留学したものの、英語もろくに出来ず、授業についていけない。一念発起してジュニア・カレッジからやり直し、徐々に成績を上げていった。苦労してコロンビア大学の大学院に合格、ニューヨークに移った。

卒業後は国連で働こうと思ったが、日本人留学生を採用する機運はなく、一時は米中央情報局(CIA)に席を置いたこともある。リサーチ会社に就職し、歯磨き粉のアクアフレッシュやVO5ヘアスプレーなどを日本で売るための市場調査を担当した。

28歳で独立し、米国の消費財に関する調査会社を立ち上げた。米国のドラッグストアーで何が売れているのか、現地の最新情報を資生堂やカネボウなどの日本企業に送った。事業は順調に拡大し、数年後、英国のリサーチ会社に売却する。次いで立ち上げたのが人材派遣会社だ。日本人留学生をデータベース化し、その人材情報を大手商社などに売った。その後、シアトルでベンチャーキャピタルを起こし、10社投資したうち3社がナスダックに上場するなど成功を積み重ねる。不動産経営の傍ら、日本の玩具製造会社、寿屋からの依頼で経営再建した米現地法人をMBOによって買収した。

カシダ氏親子

カシダ氏親子

息子のリチャード氏は大学に進学したが、ほどなく中退。米国に進出したばかりの焼き肉チェーン、牛角で働き始めた。1年ほどで店長を任されるようになり、ロサンゼルス、ニューヨークなどで通算7年間、店長を務める。このまま行けば米国法人の経営陣入りは確実だったが、父のジェフリー氏は「もう勤め人はやめろ」とまったく評価しなかった。かと言って、自分の会社に入れるわけでもない。息子に課したハードルは、自ら事業を立ち上げることだった。与えた唯一のアドバイスは「たくさん失敗しろ」。

ジェフリー氏もたくさん失敗をした。共同経営者に資産を持ち逃げされたこともある。採用をめぐるトラブルでイタリア系マフィアに脅されたこともある。積み重ねた失敗の数々が、その後のビジネスに生きた。サラリーマンのレールを降りたリチャード氏は、それが当然のように自らビジネスを始めた。起業家としての遺伝子が受け継がれていたのだろう。

最初は友人との共同経営でピザ店を開業したが挫折。ハンバーガー店もうまくいかなかった。父の教え通り、失敗を重ね、30歳で立ち上げたラーメン店が最初のヒットになった。ニューヨーク・マンハッタンのハーレム地区に開業した「仁ラーメン」は今や、行列のできるラーメン店として地元で有名だ。

これを含め、リチャード氏は現在、4つの飲食店を経営している。年商は合わせて約800万ドルほど。まだ父の背中は遠いが、次の目標は、仁ラーメンを全米で展開すること。「いつか父親を越える起業家になる」(リチャード氏)と闘志を秘める。

 ジェフリー氏は85年に米国市民権を獲得し、それまでの樫田進次からジェフリー・カシダになった。息子リチャード氏は米国生まれの米国育ち、日本語は片言なので、親子の会話は英語だ。ジェフリー氏は語る。「日本企業が海外で成功するためには、米国で起業した経験のある日本人を活用したらいい」。

外国のビジネス最前線で失敗を重ねた経験が、現地化するうえで必ず役に立つと考える。日本から派遣されてくる人材は経営幹部や幹部候補生が大半で、失敗をする機会は総じて少ない。派遣人材だけでなく、現地で起業し失敗経験もある人材も加える。この多様化に日本企業の国際化を成功させるヒントがあるかもしれない。

(編集委員 鈴木亮)

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