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「最後は献体で」 登録が殺到、受付一時停止も 130万人のピリオド(8)

2016/3/28

献体の書類や会報の保管用に目立つ色のファイルを特注、登録会員の家族がすぐに連絡できるようにした(名古屋市中区の公益財団法人不老会)
自分の体を、解剖実習用として大学の医学部や歯学部に死後に無償で提供する「献体」を希望する人が増えている。遺体保管場所の確保難や遺骨返還までの期間が延びるのを懸念し、大学が献体登録の受け付けを停止したり制限したりする動きも広がってきた。登録が増える一方で、本人の意思がかなわずに、遺体の引き取りが円滑に進まない例も増えつつある。

東京都在住で70代の高野さんは2014年の秋、末期がんと診断されて1年5カ月後に亡くなった夫の遺骨を、命日から約3年ぶりに受け取った。夫の還暦の記念に夫婦で献体登録した高野さん。献体後、大学で火葬されて戻ってきた夫との再会を「返骨まで時間がかかるなあ、と思ったが『珍しい病気の場合は長引くこともある』と言われ納得できた。その分も医学生の役に立てたかも」と振り返る。

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全国の89の医学・歯学系大学と56の団体が参加する篤志解剖全国連合会(東京・新宿)によると、献体の登録者数は15年3月末時点で累計27万2千147人に達した。最も古い記録が残る1985年(同6万7535人)の約4倍で、20万人を超えた10年前と比べても33.3%増えた。

献体とは医学・歯学部の学生が主に2年次に履修する解剖学実習用に、無条件・無報酬で遺体を提供する行為だ。希望者は居住地近辺の医学・歯学系の大学または献体の会への登録が必要。生前の医療費軽減や優先的な治療といった見返りはない。

希望者が増えたのは、高齢化が進むなか、献体の認知度が上がり「医学の進歩に貢献したい」「死後も役に立ちたい」という人が増えたことがある。死生観の変化が背景にあるようだ。

遺体を献体先の大学に移す前に、遺族が通夜や告別式を営むことは可能。同連合会の松村譲児会長(杏林大学教授)は「かつては葬儀後の引き取りが主流だったが、近年は亡くなった病院から大学に直接運ばれ、ひつぎも不要という例が増えた」と話す。

高野さんが献体登録に踏み切ったのは、40代で大腸に腫瘍が見つかり、死を意識したのがきっかけだった。病気の経験から実力ある医師が増えてほしいと考え、50代で急逝した父が果たせなかった献体に思い至った。夫の賛同を得て、担当医が卒業した東京都内の医大に夫婦で登録。現在通う別の医大病院のカルテにも、献体の意思と連絡先を記録してもらっている。

希望者の急増で、登録を制限する大学も増えた。神戸大学が連合会の機関誌「篤志献体」で発表した調査(95大学が回答)によると、居住地や年齢、既往症などで制限する大学が約7割ある。遺体保管の場所や人手に限りがある、返骨まで時間がかかるのを避けるのが主な理由だ。北海道大学の献体の会「白菊会」は、07年に停止した新規登録を15年4月に再開したが、今年1月に再度停止した。

登録制限の一方で、本人の意に反し献体に至らない「不献体」も増えているという。献体登録には家族の同意が必要。登録者が亡くなると、遺族が大学に遺体を引き渡すが、死後の手続きが伝わっていなかったり、生前に同意した遺族が翻意したりするケースも後を絶たない。

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遺体の平均年齢も90代と、30年前より30歳ほど上昇している。高齢化に伴い「登録に同意した親族が先に他界して身寄りがなかったり、遺族が高齢で返骨まで1年以上も待てないと断ったりする例もある」(松村会長)という。

名古屋市にある公益財団法人「不老会」。全国最大の地域献体団体である同会は15年、鮮やかなピンク色が目立つ会員用ファイルを特注した。「不老」の文字と、献体先となる愛知県の5大学の電話番号を表紙に印字し、登録会員の死亡時に家族がすぐ連絡できるようにした。

同会の生存会員は約6千900人(3月時点)。14年の献体者数269人に対し、不献体は136人にのぼり、対策が急務だった。同会は登録時に4人の親族から同意を求めるが「不老会を遺族に一層認識してもらう」(土屋義春事務長)ための工夫だ。

献体登録してから「事故に遭わないよう気をつけるようになった」と話す高野さん。事故や事件で亡くなり司法解剖されると献体ができなくなるからだ。「献体登録は本人と大学の口約束にすぎない」(松村会長)。登録者の意思を尊重するための取り組みもさらに必要になりそうだ。

■希望急増に困惑も 医学生と交流、意義伝える

献体の実行数は2015年3月末時点で12万954人。10年前から59%増えた。実習に必要な分の約98%を献体で確保できており、身元不明の遺体を回してもらった時代からは隔世の感がある。ただ、登録急増に関係者の間で困惑も広がっている。

遺体引き取りから火葬までの費用は各大学の負担で、1人平均約40万円。核家族化などを背景に、葬儀の負担減を見込む希望者も近年は存在していて「やっとの思いで家族を説得して登録したような、古くからの会員と意識の差が大きい」(大学関係者)。登録する理由を詳しく聞き取る動きも一部で出てきた。

連合会の松村会長は「献体は葬儀の代行でも福祉でもない」と強調しつつ「医学への貢献という趣旨を理解していれば他の理由は関知しない」。医学生との交流会を開くなど献体の意義を伝える機会を増やす団体も出てきている。

(南優子)

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