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あの人が語る 思い出の味

食事シーン、幸せの象徴 河瀬直美さん 食の履歴書

2016/4/1

 子どもの頃は野菜が嫌いだった。ニンジンもピーマンもキュウリも嫌。おいしくない。そう思った。食べないこともあったが、怒られたことはなかった。

 物心つく前に両親が離婚し、子どものいなかった母の伯母夫婦が養父母となった。「工夫して子どもに食べさせるような調理方法を知らなかったのかな」

(かわせ・なおみ)映画作家。1969年、奈良市生まれ。89年、大阪写真専門学校(現ビジュアルアーツ専門学校)卒業。97年に「萌(もえ)の朱雀」でカンヌ国際映画祭新人監督賞、2007年には「殯(もがり)の森」で審査員特別賞を受賞。16年には同映画祭短編コンペティション部門と学生映画対象のシネフォンダシオン部門の審査員長に就任。最新作「あん」のブルーレイ・DVDが発売中。          【最後の晩餐】お米ですね。日本人だから。自分が育てたお米を炊いて、塩おにぎりにして。それだけでいいです。ご飯そのものを食べたい。あとは何もいらないですね。 =写真 大岡 敦

 養父母が実の父母でないことは、幼心にもわかっていた。実母が時々会いに来たからだ。「人と違うとは感じていたけれど、私にはたくさん家族がいるんだと思っていました」。いつも笑顔で迎えてくれる、温かい家族。寂しいと感じたことはない。

 養父母のことは「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼んでいた。おばあちゃんが作る食事は純和風。イモの煮っころがしや肉じゃが、たまにカレーが出た。ニンジンを食べさせるため子どもが好きな洋風に、という発想はなかった。自然と肉ばかり食べるようになった。

■すき焼き、とっておきのごちそう

 とっておきのごちそうはすき焼き。食べるのは決まって金曜日の夜だった。3人で食卓を囲む。味を調整するのはおじいちゃんだ。「みんなで作る感じが好きだった」。ぐつぐつ煮込む音や漂ってくるにおい、わくわく感。3人で鍋を囲む楽しさを五感で味わった。

 翌日の昼は、残った汁で雑炊にした。しっかり味がしみこんだご飯に卵をかけて。2日続けて楽しい、幸せな記憶だ。

 養父母と囲む食卓と、そこにいない実の父と母。満たされているはずなのに完全ではない。その思いが映画作りの底に流れる。

 中学、高校とバスケットボールに打ち込んだ後、進んだのが大阪写真専門学校(現ビジュアルアーツ専門学校)。生涯現役でいられる職業をと映像の道を選んだ。映像制作会社を経て母校の講師となり、映画制作に挑む。テーマとして選んだのは「父親探し」だった。

 父の存在はずっと気になっていた。「きついけど、作家なら向き合わないといけない」。その過程を撮った自主映画「につつまれて」(1992年)と、おばあちゃんとの日常を追った「かたつもり」(94年)がともに山形国際ドキュメンタリー映画祭で賞を取り、映画作家としての一歩を踏み出した。

■ちゃぶ台を囲む家族の姿、映画にも

 映画には必ずといっていいほど食事のシーンが出てくる。「かたつもり」ではすき焼きがぐつぐつ音を立てて煮える場面を撮った。カンヌ国際映画祭新人監督賞を史上最年少の27歳で受賞し、その名を知らしめた「萌(もえ)の朱雀」。そこにもちゃぶ台を囲む家族の姿があった。

 意識的に描いたわけではない。母校の先生に指摘されて初めて気がついた。「食卓の場面を幸せの象徴として描いていることが多くて。自分の記憶とリンクしているのかな」。それでもその食卓にはいつも、誰かが欠けている。幸せな記憶と欠落感。「普通の家庭だったらここまで執着しなかったかもしれませんね」

 ストイックに映画を撮ることが美徳だと考えていた。食事は二の次。腹を満たせばいい。夜はいつもコンビニ弁当、撮影現場でも冷たい弁当で済ませた。

■出産で食材に気を配り、調味料を厳選

 そんな生活が一変したのは2004年、長男を出産してから。「妊娠して、食べたものが子どもに影響すると思ったらちゃんとしなきゃ、と激変しました」。コンビニ弁当をやめ、ファストフードをやめた。食材に気を配り、調味料を厳選した。嫌いだった野菜も食べるようになった。

 食生活を変えてみると、味覚も変わっていく。ダシと塩で十分で、何より野菜がおいしく感じた。畑を借り、田んぼを借りて自分で育てるようになった。白菜や大根、キャベツ、ゴボウにニンジン。おばあちゃんが作ってくれた、当時は好きじゃなかった大根の煮物が、今では大好物だ。

 撮影現場も様変わりした。地元の人に頼み、温かい食事を用意してもらった。時間を決め、スタッフを集めて一緒に食べる。「生きることを後押しするような映画を撮っているのに、生きる源である食をおろそかにするのはおかしい」。こうして生まれたのが「殯(もがり)の森」。カンヌ映画祭で最高賞に次ぐグランプリ(審査員特別賞)を受賞した作品だ。

■最新作「あん」、食へのこだわりが生んだ作品

 最新作の「あん」も、食へのこだわりが生んだ作品だ。どら焼きのあんを作る場面で、ぐつぐつ煮える小豆を画面いっぱいに映した。それは幼いころ3人で食べたすき焼きにも通じる、幸せの象徴だ。

 おばあちゃんから自分、そして息子へ。着実に受け継がれている味がある。梅干しだ。「おばあちゃんの味とは違うかもしれないけど、自分で20キロほど漬けています。昔ながらの酸っぱい梅干しです」。息子は毎日、この梅干しを好んで食べる。ぬか漬けと味噌も自家製だ。食を通じて家族がつながっていく。当たり前のものが、一番ありがたい。そうかみしめながら、息子の成長を見守っている。

■奈良の新鮮野菜、ゆったり味わう

「なず菜」の和食ベースの創作料理

 時間があれば訪れたいのが奈良市郊外のレストラン「なず菜」(電話0742・52・8560)。奈良県産の野菜をふんだんに使った、和食ベースの創作料理を提供している。「地元の新鮮な野菜をシンプルな味付けで食べる。シンプルなのにすごく丁寧に作っているのがわかる」

 石村由起子さんが手掛ける奈良市内の人気カフェ「くるみの木」の姉妹店。「秋篠の森」と総称する敷地内には雑貨店やカフェが併設してある。大きな窓の外には木が生い茂り、「ゆったりとした空間も魅力」だ。

 コースのみの完全予約制で、昼のコースは3240円(税込み)から、夜は4860円(同)から。3月は「まるごと葉玉葱(ねぎ)のスープ」や「春キャベツと赤米の海老真丈(しんじょう) 生姜(しょうが)あんかけ」など。メニューは月替わりとなっている。

(河尻定)

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