高級バター食べ比べ、驚異の味が脅威に 国産は奮起を
「フランスだったら、めっちゃ安くておいしいんですよ」。3月上旬、欧州での研修を終えて帰ってきた後輩のY記者が、お土産に仏産バターを買ってきてくれた。日本では高級外国産バターの代名詞となっているエシレと、世界の一流レストランが使っているというボルディエだ。空路で約1万キロの距離をスーツケースの中で揺られ、長方形だったパッケージは角が丸みをおび、ややボコボコな感じもある。それでも冷凍状態で運んでくれたので味は大丈夫だろう。家に持って帰り、連休に他のバターとの味を比較した。
仏産エシレ、淡い口溶け
まずはエシレから。青、白、赤というフランス国旗をイメージさせる包みを開けると、白さが際立つバターが出てきた。バターナイフで削り、朝食として焼いたバゲットのトーストに載せる。適度に薄く延ばしてからパンをかじると、なめらかなバターがすぐに口の中で溶けていった。少し酸味も感じさせる、爽やかな香りが抜けていくのも心地よい。
エシレのバターは仏の中西部、エシレ村にある酪農協同組合が1894年から作り始めた。ふつうのバターであれば、牛から搾った生乳から脂肪分35~40%程度の生クリームを遠心分離機で取り出し、さらに固形の脂肪分として製造する。エシレはこの工程に一手間を加えた「発酵バター」という種類だ。生クリームに乳酸菌を入れ、発酵させてからバターにしている。欧州ではこの発酵のプロセスを経ることが多く、プロピオン酸や酪酸という物質が一般的な製法のバターより5~10倍になるといわれ、風味は豊かになる。
バターの発酵に思いをはせていると、息子が「ぼくのは?」と聞いてきた。「太っちゃうからダメだよ」となだめて言い聞かせる。テーブルにずらりと並んだ国内外のバターと、30歳代に入ってやや気になってきたお腹を見比べながら、自分には「これは取材の一環だから」と言い聞かせた。妻の複雑な視線をかわしつつ、さあ次のバターは仏産ボルディエだ。
芳醇なボルディエ、ワインのお供に
白い紙包みのボルディエは、開くとバターとしては黄色がかった中身が出てきた。こちらも焼いたバゲットに塗ってみると、エシレよりもやや強い香りが立った。食べてみると濃厚な味が広がり、熟成したチーズのようなうま味も感じられる。エシレの淡い口溶けとは異なった芳醇(ほうじゅん)さがある。今回は朝食として試したが、夕食でワインと一緒に楽しむのも良さそうだ。これも発酵バターなので、ほのかな酸味もある。
乳製品を専門に扱う商社の担当者によると、バターの色は牛が食べるエサが左右するという。草を食べるほど、黄色い色素が乳製品にも現れるらしい。日本だと牛舎で飼育して穀物を与えるケースが多く、国内シェアの8割以上を占める北海道産のバターはおおむね白色~やや黄色がかった程度だ。ボルディエだと原料の生乳を出す牛は、仏ブルターニュ地方で放牧しているという。
放牧が有名なニュージーランド産のバターも冷蔵庫から取り出してみた。国産バターの品不足が顕著だった昨年12月に、イオンの小型スーパー「まいばすけっと」で買っておいたものだ。マリンフード(大阪府豊中市)という乳製品メーカーが販売し、160グラムで499円(税込み)。おなじみの雪印メグミルク「北海道バター」より、グラムあたり3割ほど高い。こちらは放牧によるバター特有の香りがさらに強い。「日本のバターに慣れた消費者だと好みは分かれる」(都内のケーキ店)というが、ワイルドな風味を試したい人や肉料理などには向いていそうだ。
「幻」の国産、カルピスバター
「ダイエットは明日から」と自分に言い聞かせ、国産の高級バター、カルピスバターも取り出した。乳酸菌飲料の「カルピス」を作る工程で出てきた脂肪分を使っている。パンに塗るときの延びの良さ、爽やかな香りと口の中での溶け具合などはエシレに負けない。もともと限られたホテルやレストランにしか出回らず「幻のバター」と呼ばれていたこともうなずける。パティシエの坂下寛志さんは自身のブログで1年半前に「カルピスバターも足りないのは大変つらい状況」と書き、「普通のバターの代用はできないので訳の分からない使用は控えてほしい」とまで訴えていた。たしかに繊細な洋菓子をつくるパティシエには断腸の思いなのだろう。
しかし、カルピスバターは1パック450グラムで小売価格は約1550円(税込み)と、グラムあたりでは普通の国産バターより4割高い。例えばミートソース4人分をつくるのに「バター60グラム」とのレシピもあるが、カルピスバターだと高価すぎるから使用量は減らす家庭が多いだろう。坂下さんの悩みの根本的な問題は「高くてもやむにやまれずバターを買う消費者」ではなく、日本の酪農・乳業をとりまく構造だ。
総務省の小売物価統計によると、一般的なバター(有塩)でさえ都内の小売価格は1パック200グラムで434円する。10年前と比べて4割も高くなった。国内の酪農家がここ10年で4割近く減っており、原料である生乳が足りない。生乳はそのまま殺菌して使える牛乳向けが最優先で、バターは後回しになる。「すぐ腐ってしまう牛乳が余ったときに保存するためのツール」として長らく位置づけられてきたからだ。1パック200グラムのバターを作るには、1リットルの牛乳パック4~5本に相当する生乳4.6リットルが必要。今となってはぜいたくな商品でもある。
海外産、国内では関税で高価に
ただ、高価な海外バターは日本での価格の多くを関税が占めることも忘れてはならない。エシレの小売価格は都内のスーパーだと100グラムで850円(税込み)と、一般的な日本産バターの3.5倍する。フランス帰りのY記者によると「現地のスーパーでエシレは100グラムあたり200円でした」と、日本での一般的な国産バター価格(100グラムなら240円程度)と同程度か、むしろ安い。
欧米から乳製品の文化を取り入れた日本にとって、かつては国内の酪農・乳業を強くしようと守っていくことに妥当性があったのだろう。日本政府は外国産バターに対して複雑な税率と輸入業者への手数料をとり、為替や時期によっては実質的に関税が360%にも達するという。こういった関税や手数料は、乳業を振興するための補助金にも使われている。ただ、保護を続けた結果として国際的なブランドを確立した日本製バターはどれだけあるのだろう。カルピスバターが奮闘しているが、あくまで「カルピス」の副産物としての限られた生産だ。
現在の仕組みは消費者から「おいしいバターを安く買う機会」を奪っている。本来ならこの間に、国産メーカーがしのぎを削ってブランドづくりに励むような競争原理を持ち込まないといけないはずだ。個性あふれる国産バターが店頭に並び、迷いながら選ぶ日の到来を期待したい。
(小太刀久雄)
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