実力者つかむ演奏・アレンジ 音に憂いとライブの味を
キーボード奏者・編曲家の重実徹さん
20代で山下達郎のコンサートツアーに抜てきされ、近年はMISIAのツアーのバンドマスターを務めるなど、実力者たちに重用されているキーボードの名手だ。MISIAやKiroro、福山雅治らの作品のアレンジも手がけ、編曲家としての評価も高い。
クラシックピアノを学び、ブルースやロック、ラテン音楽などを聴いて育った。大学生のころ「ニューソウルの旗手」と呼ばれたダニー・ハサウェイを通じて黒人音楽のソウルミュージックに出合う。「ジャズのテンション(不協和音)の入ったコード進行に触れ、衝撃を受けました」
ロックとソウルが重実サウンドの両輪となった。「70年代のロックに片足を乗せ、もう一方は70年代のソウルに置いているが、どちらが軸足ともいえない。さらに上半身でジャズやラテン、クラシックなどを受け止めている感じ」という。
編曲家としては「明らかに演奏者の延長としてアレンジするタイプ」と語る。「ライブ演奏のとき、今弾いているコードはこのスケール(音階)の何番目のコードだなどとは考えない。理論は頭の奥にしまい、その瞬間に思いつくことを弾いているだけなのです」
「この感覚を編曲に生かしたい。理論的に構築していくこともできるけれど、パッと弾いたものをできるだけ修正せず、ライブの味を残していきたいのです」
共感できる編曲家は米兄妹デュオ、カーペンターズのリチャード・カーペンターだ。「彼はクラシックピアノを学んでいるが、作編曲は自己流。特に弦楽器の編曲がアカデミックでないのがいい。理論ではなく、リスナーと演奏者の目線から、弦っていいなと思えるツボを感じ取り、誰が聴いても弦楽器のものだと思えるフレーズを紡いでいる」。自身と重なるのだろう。
編曲を手がけた中でも名作といえるのがKiroroの「Best Friend」。米国の新作アニメ映画「アーロと少年」の日本版エンドソングにも使われているが、01年の発表時はNHK朝の連続テレビ小説の主題歌として作った。
「プロデューサーからイントロを付けてとリクエストされた。番組中で主題歌を流せる時間には制限があり、イントロに使えるのはほんの2~3秒だった」
1小節のピアノだけのイントロを考えた。「時間の制限があったからこそ、うまくできた」という自信作になった。16分音符が16個並ぶ分散和音で、1拍と4拍目が「11th」、2拍と3拍目は「7th」というテンションコードだ。それで「1小節の中に起伏と陰影を生むことができた」。
「陰影」が重実サウンドの特色だ。自己分析する際も「陰り」「明るすぎない響き」「憂い」と言葉を換え、繰り返し言及した。
「好きな音の配列、良いと思える響きがあり、ピアノを弾くときの指癖のようになっている」。それが陰影につながる。ドミソを転回したミソドの和音も、ミレソドと弾いた方が「良い響きに思える」と明かす。ミレソドのレは「9th」、いわば少しぶつかる音だ。「Best Friend」のイントロにもぶつかる音がある。だが「そのぶつかり感が、僕にはいとおしいのです」と語った。
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弾き手の延長線上に創作
新作CDアルバム「センシュアル・ピアノ」には、歌を歌うような美しいメロディーの自作曲が並んでいる。「即興でピアノを演奏することと、メロディーを生み出す作曲という作業には、僕の中であまり隔たりはない」と重実は言う。この人の創作は、常にキーボード奏者としての演奏の延長線上にあるようだ。
アルバム冒頭の曲「クロード・モネ」で披露する即興のピアノソロに、重実の感性がよく表れている。「自分で聴き直してみると、アプローチの仕方は1950年代のジャズそのもの。僕のあこがれはジャズピアニストでいえばハービー・ハンコックより、その前の時代のウィントン・ケリーのスタイルなのです」
「ケリーが好きなのはブルースを基本にしながら、モダンジャズの甘美さを持ち、少ししゃれているから。ただし俗世間を突き放すような洗練されすぎたジャズは好みではないのですが」。人間臭くて甘美であること。その両立こそ、この人の目指す境地なのだ。
(編集委員 吉田俊宏)
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