仮想世界を跳びはね触れる HTCのVR
話題が先行している感もあったVR(バーチャル・リアリティ)の市場だが、ここに来て製品やコンテンツが急激に増えてきた。「Oculas Rift」(米オキュラス)や「Playstation VR」(ソニー・コンピュータエンタテインメント)など、今年の上半期は話題の新製品が目白押し。そんななか、パソコン用・ヘビーゲーマー向けの本格派VR機器として注目を集めるのが、スマートフォン(スマホ)で知られる台湾・HTC製の「HTC Vive」だ。
2016年2月29日に、日本を含む世界24カ国で予約を開始したHTC Vive(ヴァイヴ。日本向け出荷は5月を予定)。今回は短時間ではあるが、製品化前の試作機を使い、いくつかのデモコンテンツを体験する機会を得た。家庭用では最もハイスペックなVRヘッドセットの使用感を、発売に先駆けてお届けする。
VR空間内を歩いて移動できる
HTC Viveの最大の特徴は、赤外線レーザーを使ったセンサーで室内のX軸方向、Y軸方向をスキャンし、ヘッドセットの位置と向きをミリ単位で捕捉する点。これにより、傾きセンサーや加速度センサーだけでは不可能な、高精度のトラッキング(動きへの追従)を実現した。部屋にある程度の広さがあれば、VR空間内を歩いて移動することも可能だ。
対角線の長さが5m以内の室内で、遮るものさえなければ位置を捕捉でき、しゃがんだり、飛び上がったりしてもきちんと映像が追従する。センサーは2つまで設置でき、プレーヤーの前後に置けば360度カバーできるので、振り返った際もきちんと映像がついてくる。
高精度なトラッキングに加え、VR空間内での自由度を大幅に高めているのが、2つのコントローラーだ。タッチ操作が可能なパッドに加え、複数のボタンや、銃の引き金などの操作に使えるトリガーも備えた高機能なもの。このコントローラーも、センサーによるトラッキングの対象となっており、コントローラーを上げたり、振ったりすると、VR空間内の「腕」も同じように動く。
例えば下の2枚のスクリーンショットは、海中で魚の群れやクジラの迫力を間近に感じられるコンテンツ。船の上を自由に移動できるほか、手を差し伸べると魚の群れが散っていく仕掛けになっている。甲板の端まで歩いて足元を見ると、海底の深さ、奥行き感が感じられ、まるで本当に海の中にいるかのような気分になった。
このようにHTC Viveは、赤外線センサーとコントローラーの組み合わせで、「移動できて触れるVR空間」を作り出すことに成功しているのだ。Oculus RiftやPlayStation VRも、カメラを使ったトラッキング技術を用いているが(Oculus Riftは赤外線カメラ)、室内の移動や飛び跳ねる、しゃがむといった使い方は想定していない。当然、動きを補足できる範囲もHTC Viveより狭くなる。また、コントローラーもHTC Viveほどには高機能ではない。
すぐ遊べるのはヘビーゲーマーのみ?
ただ、高機能であるがゆえの難点もある。まず、広い場所を確保しないと、HTC Viveのポテンシャルをフルに発揮できない。HTCは、対角線の長さがおよそ2m以上ある空間で遊ぶことを推奨している(壁に囲まれている必要はない)。赤外線センサーはできるだけヘッドセットより高い位置に置いたほうが、精度が上がるという。設置できる場所は限られるだろう。
また、コントローラーが複雑で、慣れるのに時間がかかる。ボタンが多く、タッチパッドも付いており、トリガーを引く以外の操作にはやや難儀する。ヘッドセットにはUSB、HDMI、電源と3本のケーブルがつながっており、遊んでいるうちに踏んだり、絡まったりするのも気になった。また、これはOculus Riftも同様だが、利用にはハイスペックなパソコンが必要なため(GPUはNVIDIA GeForce GTX 970、もしくはAMD Radeon R9 290以上が必須)、すぐに遊べるのはパソコンのヘビーゲーマーを中心とした上級者に限られる。このあたりは、PlayStation 4を利用するPlayStation VRに分がありそうだ。
この製品は、HTCと米Valveとの共同開発。Valveはパソコン用ゲームの配信プラットフォーム「Steam」で世界的に知られる。HTC Vive用のアプリは、VRコンテンツ専用の「Steam VR」を通じて配信される。コンテンツは順調に増えてくるだろう。ゲームの大型タイトルに関しては、PlayStation専用のものが多くなるのではないかという懸念もあるが、VRの世界への没入感が圧倒的に高いHTC Viveは、開発者からも一定の支持を得そうだ。
現実とVRの境界がなくなる
アンドロイドスマホの1号機を開発するなど、スマホで知名度の高いHTCが、なぜVRヘッドセットを手がけるのか。HTC NIPPONの玉野浩社長は、「他社に先駆けて、最新の技術を消費者に届ける存在でありたいというHTCの姿勢を体現するのが、今回のHTC Vive」であると語る。「14年ごろからValveと協議を始め、開発を続けてきた。製品として世に出せる状況になったと判断した」(玉野氏)。ただ、初心者には敷居の高いデバイスであることはHTCも認識しており、国内でのサポートに関しても「何らかの施策を検討中」(同)という。「発売後は店頭でのデモンストレーションなども予定している」
さらに、HTC Viveにはすでに新たな進化の可能性が見えているという。それが、ヘッドセットの前面にあるカメラだ。「カメラで撮影した外部の映像にVRの映像を合成したり、カメラの映像からVRの映像に瞬間的に切り替えて"突入する"ような映像も作れる」(玉野氏)。HTC Viveは、単にVRの楽しさを提案するだけでなく、さらにその先にある新たな映像体験を作り出す機器になりそうだ。
(日経トレンディ 有我武紘)
[日経トレンディネット 2016年2月29日付の記事を再構成]
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