「没イチ」 男一人でもイキイキ 妻亡き後の心構え

ハーレーダビッドソンにまたがる岩間啓さん(埼玉県八潮市の「やしお生涯楽習館」)
ハーレーダビッドソンにまたがる岩間啓さん(埼玉県八潮市の「やしお生涯楽習館」)
配偶者を亡くし単身になった人を「没イチ」というそうだ。離婚経験者を指す「バツイチ」から派生した。没イチを明るいイメージにとらえ、前向きに生きる男性シニアが増えている。女やもめは花が咲くのに、男やもめは何かと暗い。悲しみを乗り越え、イキイキと暮らす「男性没イチ」に会った。

埼玉県越谷市に住む岩間啓さん(66)は2009年12月、妻のとし子さんを白血病で亡くした。享年54。当時、地元の小学校の校長だった岩間さんは妻の3年半に及ぶ闘病生活を支え、入院すると毎日、病院に通った。「十分看護したので悔いはない」ものの、10年3月31日の退職の日は、学校で大泣きした。

泣いたのはその時まで。定年後は同県八潮市の生涯学習機関、やしお市民大学の事務局で非常勤職員として働く。仕事は妻亡き後の人生にプラスとなった。市民大学で学ぶ同世代や若者らと出会い交流が広がる。「家に閉じこもっていたら、ふさぎ込んでいた」。今はオートバイのツーリンググループに所属、ハーレーダビッドソンに乗る。

交友関係が活力

多彩な人と出会い、広がる交友関係を活力にして「男おひとりさま」を楽しむシニアは元気だ。シニアライフコンサルタントの松本すみ子さんは昨年末、自ら編集するメールマガジンで没イチを紹介したところ、「私もそうです」と返信があった。岩間さんはその一人。「没イチを名乗る男性ほど自立して、地域との接点を持つ」(松本さん)そうだ。

東京では「没イチの会」ができた。立教大学(東京・豊島)のシニア学習の場、立教セカンドステージ大学の受講生が15年7月に結成。大学で死について考える授業を受け持つ、第一生命経済研究所主任研究員の小谷みどりさん(47)が受講生に呼びかけた。5年前に夫と死別した小谷さんを含めてメンバーは8人。そのうち男性は3人だ。

会の幹事で10年9月、妻(享年62)を失った池内章さん(61)は当時、大手通信会社に勤務していた。仕事の忙しさで気が紛れていたが、60歳の定年で喪失感に襲われた。

この先どうするか。まずは大学で学び直していたが、没イチの会に入り、社会とつながろうと頑張るメンバーを見て感銘を受けた。「妻の分を入れて2倍楽しむ人生をこれから見つける」と話す。

「慰め合うことはしない。同じ経験を持つ人たちが楽しく前向きに生きることを考える場」。小谷さんは会をこう位置づける。「先に逝くのは夫であると、男性は信じている。だから信じていた逆のことが起こると、ショックで立ち直れない」。定年前から生活力を身につけ、妻に先立たれることを念頭に置いてほしいと男性に説く。

法要落語区切り

第二の人生を没イチとして生きようとする男性は子どもが独立し、時間にゆとりのある60歳以上に多く見受けられる。ただ関西の人気落語家、笑福亭仁勇さん(57)は「没」という言葉に負のイメージを感じ「今の僕には受け入れられない」と話す。

10年2月、寄席三味線奏者で伴侶の由江さんを事故で亡くした。一人娘(21)とともになかなか立ち直れない中、高座に上がり続けた。今年2月7日の七回忌、大阪市北区の天満天神繁昌亭で「法要落語会」を開いた。これを区切りに「妻の死を乗り越えられた」と話す。

仁勇さんは社会貢献活動に熱心だ。大阪の各地でボランティア寄席を開いたり、男性の育児を応援したりする。社会との絆があるから、「前を向くことができる」と笑顔で話す。

実際、様々な仲間がいる。没イチをどうとらえるかは人それぞれだが、仁勇さんの生き方は岩間さんや池内さんと何ら変わらない。

(保田井建)

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江村・元高槻市長(大阪)に聞く 「意識して人と会う」

江村利雄さん(大阪府高槻市の自宅で)

元大阪府高槻市長の江村利雄さん(91)は1999年、「市長の代わりはいても、夫の代わりはいない」と述べ、妻の介護に専念するため任期途中で市長を辞職した。妻は2006年3月に亡くなった。まもなく没イチ歴10年になる江村さんに「男おひとりさま」の心構えを聞いた。

――28日で妻、登美子さん(享年82)が亡くなって10年になります。

「7年間、介護を目いっぱいやったし、その間、心の整理をつけられた。それに介護問題の講演で全国行脚。家にいても町内会から相談が相次ぎ、落ち込む暇がなかった。僕は笑いが好きだ。没イチはおもしろいネーミングだと思う」

「戦争を兵隊として体験し、死が日常というどん底を味わった。だから妻の死にも冷静だった。夫婦といっても、しょせんは他人。現役時代から互いの生き方を尊重して、自立心を培ってきた。くよくよしてもしょうがない。前向きが大事」

――どうすれば前向きになれますか。

「人付き合いを絶やさないこと。意識的に人とかかわったほうがいい。気に入らない人がいるのは人間関係の常。家にこもってはダメ。チャレンジ精神を持とう。僕は80歳を過ぎてから地元の商工会議所でパソコンの操作を習得した」

――今は、さすがに足腰が弱り外出もままならなくなりました。

「でも顔はツヤツヤ、声の張りもある。好きなものを食べて、よく寝る。毎朝好きなビールを飲み、昼は家政婦さんが用意したすき焼きをチンして完食する。肉ばかり食べているけど、健康ですよ。まだまだ没イチライフを楽しみたい」

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