成功の方程式はバッジと“イマドキ”の融合にあった小沢コージのちょっといいクルマ

イマドキの“ちょっといいクルマ”ってどういうものなのだろう。気鋭の自動車ジャーナリスト、小沢コージがちょっといいクルマの真実を追い続ける。前回、販売現場で現場の声を聞いた小沢が、改めて「Aクラス」の魅力とメルセデスが快進撃を続ける理由を分析する。

その昔、Aクラスはブカッコウだった?

都会の奇妙な“タナ”とも言えるプレミアム消費ゾーンで、見事な威力を発揮するメルセデス・ベンツの新世代コンパクトシリーズ(記事「メルセデスがつかんだ都会の奇妙な“タナ”の存在」参照)。2014年は全部で2万2492台も売れたが、そのうちの4割以上を占めたのはハッチバックの「Aクラス」。理由は300万円未満スタートのお手ごろな価格もあるが、なにより旧型と比べるとハッキリする。

現行Aクラスは実は3世代目。初代は1998年にメルセデス初のFFコンパクトとして鳴り物入りで上陸。しかも、前代未聞のサンドイッチフロア構造を持ち、高級車「Sクラス」顔負けの安全性を売りにしていた。話題性は十分で、完璧に“つかみはOK”だったのだ。

ところが販売は思ったよりパッとしなかった。初年度を除き、年販1万台を超えたことが一度もなかったし、そこで小沢が痛感したのは「クルマはつくづく理屈では売れない」という現実だ。

誰とはいわないが、有名タレントやスポーツ選手の子どもが、いくら血筋や似ている部分を強調しても、結果的に印象に残るルックスを持っていたり、パフォーマンスを発揮したりしなければ大成しないようなものだろう。

特に初代&2代目Aクラスは、批判覚悟でいうと明らかにブカッコウだった。特にツラかったのは、いわゆるクルマらしいノーズがなく、サンドイッチ構造のため背も高めになったずんぐりむっくりなフォルム。いくら安全といわれても、そこにユーザーはプレミアム性を感じなかったに違いない。名前や理屈に加え、優美なスタイルも伴わなければならなかったのだ。

最大のポイントはエンブレムのサイズ

フロントグリルの中央には大きな丸型スリーポインテッドスターが設置される

その期待に見事に応えたのが12年上陸の3代目Aクラスだ。先日もマイナーチェンジされた現行Aクラスに乗ったが、格段に違うのはフォルムのスタイリッシュさだ。

一連の新世代メルセデスを担当するやり手デザイナーのゴードン・ワグナー氏は、シンプルに「モダンラグジュアリー」と表現するが、小沢的に翻訳するとそれは「新旧メルセデスのイイトコ取り」となる。

横からのフォルムは旧型に比べるとざっくり40cm以上長く、16cm低い。実用車からスポーツカーに生まれ変わったような変わりっぷりで、そのうえ全体の面がイルカのごとく、流れるようにエレガントなラインで構成されている。

だが、なににも増して重要なのはマスクであり、もっと言うとエンブレムだ。どこからどう見ても、メルセデスにしか見えない逆台形グリルとワイルドなつり目ライトで構成され、中央には分かりやすい丸型スリーポインテッドスターが。この単体のサイズを測ってみると直径20cm弱で旧型の倍近くはあり、スポーツカーの「SL」とほぼ同等。

そこにはある種のブランド小物的演出が加えられているのだ。

走りは明らかな高級メルセデス風味

威厳よりもポップさを重視したインテリア

さらなるポイントはインテリアの質感と乗り味である。

インテリアはメルセデスのイタリアのデザインスタジオが手がけたもので、威厳よりもポップさを重視。そのうえ、マテリアルのリッチ感が見事だ。

グレードにもよるが、上質な本革タッチのソフトパッドや硬質なカーボン調パネルが取り入れられ、メタル類もほどよくマットで高品質。加えて走りだが、昨年のビッグマイナーチェンジ時にシリーズ全体で煮詰めたコンフォートサスペンションを搭載。乗り心地が格段に上質になり、硬いランフラットタイヤをやめて日本仕様もより快適になった。

グレードにもよるが、上質な本革タッチのソフトパッドや硬質なカーボン調パネルが取り入れられている
メタル類も、ほどよくマットで高品質

ハンドリングがまた秀逸で足回りのエンジニアに直接聞いたところによると、最近のコンパクトシリーズは、パワーステアリングのチューニング時に“メルセデスカーブ”を使っているという。

専門的な話になるが、要するにステアリングの入力に対して、タイヤが発生する横Gを出力とすると、その時の入出力特性を歴代メルセデスに合わせ込んでいる。結果、メルセデスっぽい重厚なステアリングフィールが再現できているわけで、これは自動車の電子制御化が進んだからこそのワザでもある。

理屈を捨て、過去を未来へ結実させるブランド力

だがなによりも重要なのはスタイルであり、もっというと過去の重い理屈や栄光をちょうどよく捨て去った、メルセデス流の新世代マーケティングにあると小沢は考える。

いかに「最善か無か」の理想的クルマ作りを具現化していようがいまいが、それは結果として客の期待に応え、期待以上のものにならなければしょうがない。

しかもAクラスのようなFFコンパクトは、競争が激しくメカニズム的にもコスト的にも似たものにならざるを得ない。エンジンを前に横置きし、その後ろに大人を5人乗せ、荷室も設けるとすると、おのずと全長は4.3m前後になるし車高も決まってきてしまう。

今回メルセデスはその規定演技ともいえるフォルムの中で、最大限に“らしい”エレガントさを追求し、メルセデスならではの過去を踏まえたシンボリックなマスクと融合させたのだ。

ブランドで最も大切なのは伝統に基づくストーリー性と今の価値観の融合だ。現行Aクラスはそれを見事になし遂げ、ブランドの権威を守りつつも上手にカジュアル化した。

今回も販売の現場でメルセデス豊洲の店長はしみじみ言っていた。

「本当にメルセデスはブランドが強い。私たちは、それを上手に生かすだけでいい。つくづくありがたいことです」と。

小沢コージ
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は日経トレンディネット「ビューティフルカー」のほか、『ベストカー』『時計Begin』『MonoMax』『夕刊フジ』『週刊プレイボーイ』、不定期で『carview!』『VividCar』などに寄稿。著書に『クルマ界のすごい12人』(新潮新書)『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』(宝島社)など。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
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