産休・育休中の給与を会社が100%保障 メルカリ
勤務中と同額の収入が保障される
―― 新人事制度では、産育休中の給与を会社が100%保障するそうですね。
皆さんもご存じの通り、産休・育休中の給与を支給する仕組みは元からありました。
例えば、産休中は健康保険から「出産手当金」として、1日につき、標準報酬日額の3分の2に相当する金額が支払われます。また、育休中は雇用保険から「育児休業給付金」として、育休最初の180日までは「休業開始時賃金日額×支給日数×67%」、181日目からは「休業開始時賃金日額×支給日数×50%」が支払われます。
今回、弊社が新設した制度では、産休・育休中の社員が、勤務中と同じ金額の給与が得られるよう、国からの給付以外の部分を会社が支援することになります。
―― 産休・育休に入っている間も、勤務中と同じように、毎月、会社から一定の金額が振り込まれるのですか。
2月1日に発表したばかりなので、まだ事例は出ていませんが、産休・育休から社員が復帰した後、一定のタイミングで支援する予定です。女性社員には産前10週と産後約6カ月の給与を、男性社員には産後8週間の給与をそれぞれ100%保障します。
―― 社員からの反応を教えてください。
喜びの声が多かったですね。ただし、社外の制度に詳しい方からは「そんなことして大丈夫?」という声も。なぜかというと、そもそも健康保険や雇用保険から支払われるお金には、「給与が出ない期間の収入の補填」という意味合いがあるのです。ですから、弊社のように勤務先がお金を支給すると、国側からの給付が減ったり支払いを減らされたり、無くされたりするのではないかと心配してくださっているのです。
社員や社会にとってプラスになる取り組みをしているはずなのに、逆にもともとの給付がなくなってしまうかもしれないという不安が生まれてしまうのはおかしいとも思います。国は本気で人口を増やしたいと思っているなら、育児と仕事を両立しようとする人達にもっと支援を拡充すべきでしょうし、どの会社もこういった制度を整えてもいいぐらいだと思っています。当社としてはこの点はケアして制度設計をしましたが、発表後に自民党の制度面に明るい国会議員の方からも連絡を頂きました。今後も意見交換していきたいと思っています。
ノウハウのある社員が辞めるコストを考えれば安い
―― この制度はいつごろから温めていたのですか。
弊社は2月に創業3周年を迎えたところですが、新卒社員を迎えるのは次の4月が初めてです。つまり、現在200人以上いる社員は全員が中途採用。ほぼ20代から30代後半です。特に社員の半数以上を占めるカスタマーサポート部門の人員は半分以上が女性。これから結婚・出産を迎える社員が続出することは想像に難くありません。
さらに弊社のコスト構造は、ほぼ人件費と広告宣伝費によって成り立っています。つまり、人がすべてなわけです。
スタートアップ企業とはいえ、名の知れた大企業からの転職者が多いという実態もあり、経営側には「優れた人材に中長期的なスパンで働き続けてほしい」という強い気持ちがあります。逆に言うと、魅力的な人事制度を用意しなければ、いい人材が他社に流出してしまうリスクもあるのです。
そんな問題意識があったうえで、単月黒字を達成して、企業としても体力がついてきたということを背景に、2015年10月に私が起案し、今回の実現に至りました。
―― 新人事制度「merci box」は、産休・育休中の給与支払いだけではない、幅広い制度となっているようですね。
はい。例えば、社員が病気やけがにより長期で仕事ができない期間は、経済面でも安心してもらえるような仕組みを用意しました。また、全社員を対象とした死亡保険に会社が加入し、万が一のときには社員の家族を支援する制度を整えました。具体的には死亡時には数千万円が社員の家族に支払われます。
―― 今後もこの人事制度を充実させていく、という方向性をお持ちでしょうか。
はい。ただし、充実させていく中身はその都度しっかり検討していきます。例えば、社内外から「では、ランチは補助してくれるのか?」「家賃補助はどうだ?」という声が聞こえてきます。しかし、弊社では、ランチや住宅費はいまのところ支援していません。
例えば、レストランで昼食を取りたい社員もいれば、デスクで軽食程度で済ませたい社員もいます。オフィス近くに住む社員もいれば、趣味のサーフィンができるように海の近くに住みたいという社員もいるでしょう。そういった多様なニーズに応えるには、ランチ代、住宅費など、用途を限定した資金援助をするのではなく、高い水準の給与を払いつつ、全社員にストックオプションも付与することで、社員に報いていきたいと思っています。
ダウンサイド(損失を被る可能性がある)のリスクは会社が支援し、アップサイド(利益を得る可能性がある)の部分補助については報酬やストックオプションできちんと還元し、各自の使い方に任せるという考え方です。
―― 制度スタート後、産休・育休取得者の第一号はいつごろ出そうですか。
まだ分かりませんが、男性社員の育休取得のほうが早いかもしれませんね。弊社には育児中の共働き社員がかなり多いのです。定時は10時から19時ですが、エンジニアやプロデューサーは12~17時をコアタイムとするフレックス制度を採用していて、朝早く出勤して夕方早々と退社するパパ社員も珍しくないんですよ。残業時間は少なく、短時間集中で働くタイプが多い。"中途入社のプロ社員"が多いんですよね。
「面白い仕事と制度の充実」を魅力に
―― 今回の人事制度で、最も社員に伝えたかったことは何でしょうか。
社員の給与水準を上げるべく努力するだけではなく、万が一のときのサポートを手厚くすることによって、思い切り働ける環境としての「安心」を届けたいという会社側の思いですね。現在までにスマホアプリ「メルカリ」は日米合計3100万ダウンロードを達成しています。米国でここまで浸透している日本のアプリはなかなかないと思うのですが、この米国でのビジネスをさらに拡大したい。16年内にはヨーロッパ市場にも打って出ます。その次はアジア市場への進出も考えています。
また、国内外向けの新しいサービスも開発中ということもあり、弊社は今、やりたいことが盛りだくさんといった状況です。そのために、社員には中長期で腰を据えて、じっくりと大きな仕事に取り組んでほしいと思っています。
魅力ある仕事を用意するのは企業としては当たり前。人事制度だけでは人は引っ張れませんから。
優秀な人材に長く働き続けてほしい。そして、いい人材にもっと弊社に来てもらいたい。そのために会社ができることは、働き盛りの世代にとってのリスクに対応できる制度を用意することだと思うのです。
(1)社員の家族を含めた環境の支援
・産休・育休支援の拡充
産休・育休期間中の給与を会社が100%保障。
女性は産前10週+産後約6カ月間の給与を100%保障。
男性は産後8週の給与を100%保障。
・育児・介護休暇の有償化
子どもの看護および家族の介護で休暇を取得する場合は、
5日間を特別有給休暇とし、最大で年10日まで休暇取得が可能。
(2)万が一のときのためのセーフティーライン
・病気やけがのときのサポート
病気やけがで仕事ができない期間、経済面でも安心して入院や治療に専念できるよう支援を整備。
・全社員の死亡保険加入
全社員に対して、死亡保険に加入(数千万円~)。
(3)ライフイベントのサポート
・結婚休暇&お祝い金
結婚に合わせて、特別有給休暇(5日間)とお祝い金(5万円)を支給。
・出産休暇&お祝い金
子どもの出産に合わせて、立ち合いに十分な特別有給休暇(3日間)とお祝い金(10万円)を支給。
・慶弔時の支援
家族に不幸があった際は特別有給休暇(3~7日)や弔慰金(5万~10万円)を支給。
(日経DUAL 小田舞子)
[日経DUAL 2016年2月8日付記事を再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。