シニアの地方移住コスト サ高住、夫婦で月27万円

サービス付き高齢者向け住宅「ゆいまーる那須」
サービス付き高齢者向け住宅「ゆいまーる那須」
高齢化が進む日本。この中でも今後は特に東京圏の高齢化が深刻化する。この状況を踏まえ政府は、東京圏から地方へ高齢者の移住を促すという。元気なうちに移住して、地方で生き生きと暮らしてもらおうとの発想だ。とはいえ、政府が移住の費用を出してくれるわけではない。移住するなら、それなりの資金計画も必要になる。高齢期の移住にかかる費用を探った。

東京から東北新幹線で約1時間半。新白河駅で降りて車で15分。森の中に別荘風の建物が現れる。高齢者の住まい「ゆいまーる那須」(栃木県那須町)だ。70戸に都市部から引っ越してきた63~91歳の76人が暮らす。現在、介護保険の「要介護」「要支援」の認定を受けているのは7人だけ。全体的に元気な人が多い。

国の制度にのっとった「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」なので、日中は安否確認などのサービスを提供する生活コーディネーターが常駐する。ただ、ここは2010年の開設当初から入居者同士の支え合いや、社会参加を重視しているのが特長だ。

実際に、共用の食堂で他の入居者に食事をつくったり、食堂の一角に小さな店を開いたりする入居者がいる。元美容師の高木まき子さん(80)も月に何度か入居者やスタッフの髪を切る。カット代は食堂での食券として使える住宅内通貨で受け取る。

「自分にできる仕事があることはうれしい」と高木さん。横浜市で長く母と一軒家に暮らしてきたが、母が亡くなったのを機に老後を安心して暮らせる場所を探し始めた。「本当は都会が好き」だが、自分の経済状況から「ここだったら大丈夫かな」と移住を決めた。

首都圏に比べ、ここは費用がやはり安いようだ。この住宅を運営するコミュニティネット(東京・千代田)は当初、女性の一人暮らしを念頭に「頭金1000万円、月々の年金12万円あれば暮らせる場所」を目指したという。事業者がなんでもサービスしていては高くつくので、入居者の自主性や助け合いを大切にしたという経緯もあった。

詳しく見よう。ここでは家賃は基本、一括で前払いする。一番狭い約33平方メートルの部屋で1175万円。15年以内に退去すると期間に応じて返却があり、15年を超えても追加負担はない。

自宅売却し頭金

月々の費用としては、1人で入居なら共益費と生活サポート費で約3万9000円。自分の部屋の水道光熱費代も必須だ。食事は部屋でつくることもできるが、食堂で毎日昼・夕食を頼めば3万9000円になる。このほか、人によって交通費や医療費、趣味の費用などもかかるだろう。これらもろもろ含めて「12万円あれば」との設計だ。

高木さんは自宅の売却で頭金をつくった。国民年金にしか加入していなかったので、年金は少ない。月々の費用は貯金の取り崩しも合わせて賄う。「月10万円の生活が目標だが、東京に行ったりするとすぐオーバーするのが悩み」という。

政府は東京圏の高齢者移住施策を「生涯活躍のまち」構想と呼ぶ。老後も様々な社会参加で活動的な暮らしができる一方、最期まで医療や介護が受けられ、安心できるまちを地方につくるという。自治体と事業者などが協力し、このようなまちをつくると交付金も出す方針なので、各地で構想が動き出そうとしている。

このまちづくりに当たって高齢者の住まいとして期待されているのが「サ高住」だ。「ゆいまーる那須」は住民が活動的な暮らしをしている「サ高住」として、政府が先進事例とみなす場所の一つでもある。

「生涯活躍」型になっているかどうかは別にして、サ高住はすでに全国各地につくられており、高齢者の住まいとして注目されている。地方のサ高住に入居するには平均的にどの程度の費用がかかるのだろうか。政府が試算している。

都道府県別に見て地価が全国の中間に当たる福井、高知、三重の各県にあるサ高住の費用を調べ、夫婦2人で40平方メートル台の部屋に暮らすという前提を置いた。結果は家賃と共益費、生活相談費の合計で月約12万6千円だった。ここに高齢者世帯の平均的な食費や光熱費、医療費などを加えると毎月の支出は約27万円だ。

東京で同様のサ高住に入ると毎月約25万円の費用がかかり、食費なども合わせた支出は約40万円になるとの試算も示した。

目的ははっきり

もちろん、サ高住だけが地方移住の選択肢ではない。サ高住は認知症が進んだ場合などに本当に最期まで住み続けられるかといった課題などもかねて指摘されている。移住先の住まいとして、北九州市のように空き家の有効活用を重視する自治体などもある。

一般社団法人移住・住みかえ支援機構では、シニアの自宅を借り上げて一定の賃料収入を保証する制度を実施している。移住の資金づくりとして、東京圏の自宅処分を考える人は多いが、こちらについてもそれ以外の選択肢があり得る。

どのような形をとるかで移住にかかる費用は大きく異なる。資金計画が大切なのは間違いないが、移住はまず「どこで、だれと、何をして暮らすのかをよく考えないと失敗する」(ふるさと回帰支援センターの高橋公代表理事)とされる。

関係者の多くが「元気なうちに決めることが大切」とも指摘している。情報の収集、お試し居住などはからだが弱ってからでは厳しい。家族との話し合いを含め移住を考えるなら早めの対応を心掛けたい。(編集委員 山口聡)

[日本経済新聞朝刊2016年3月16日付]

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