マイナス金利、見えぬ景気浮揚の道筋(安東泰志)ニューホライズンキャピタル会長兼社長

2016/3/20

カリスマの直言

「日銀が導入したマイナス金利について市場の評価は定まっていない。景況感にもプラスに働いているとは言い難い」

日銀が「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入を1月29日に決定してから2か月近くが経過した。銀行が保有する日銀当座預金の一部に0.1%のマイナス金利を適用し、今後必要な場合はさらに金利を引き下げるというものだ。しかし、株価は乱高下を繰り返し、為替も円高に振れるなど、市場の評価は定まっていない。日銀は15日、金融政策の現状維持を決めたが、先行きは不透明だ。

直近発表された内閣府の景気ウオッチャー調査では、マイナス金利導入後の2月の現状判断指数(DI=街角景気の実感を反映した指標で50が好不況の分かれ目といわれる)は1月より2.0ポイント低下の44.6だった。住宅関連は金利の低下で購買意欲が刺激されているせいか、やや低下幅が小さいものの、その他業種は大きく低下している。すなわち、マイナス金利の導入は景況感にプラスに働いているとは言い難い。

市中銀行が日銀に預けている当座預金の残高のうち、法定準備金相当以上の部分の預金を「超過準備」という。そして、黒田総裁が登場して以降、日銀が「異次元緩和」の掛け声の下、銀行からどんどん国債を買い入れ、それが超過準備として積み上がっている。昨年1年だけでも銀行の超過準備は約70兆円も膨れ上がった。

超過準備には従来0.1%の金利がついていた。そうしない限り銀行が日銀に協力して国債の買い入れに応じるインセンティブがないためであり、いわば、「日銀のバランスシートを拡大する量的緩和政策」を実施するために必要だったものといえる。

今回のマイナス金利政策では金融機関の収益に配慮して、当座預金を適用される金利別に3つの階層に分けた。これまで積んできた残高は「基礎残高」として、引き続き0.1%の金利が付く。一方、日銀に預けることが法律で決まっている所要準備金など「マクロ加算残高」はゼロ金利を適用、これら2つの残高を差し引いた「政策金利残高」はマイナス0.1%とする。したがって、日銀当座預金のマイナス金利だけに限れば、銀行収益への影響は限られる。

しかし、既に長期国債までがマイナス金利に突入するなど、イールドカーブ(利回り曲線)全般が低下しフラット化すると、銀行の資金利ざやが縮小することによる悪影響がどんどん大きくなる。特に銀行が個人の預金にマイナス金利を付けることは政治的に事実上不可能であり、そうなると銀行は、プラス金利で預かった預金を、極端に低い市中金利とマイナス金利の日銀当座預金で運用することになり、逆ざやがどんどん拡大することになる。

経費や預金保険料が賄えないことは自明だ。それをカバーしようとするなら銀行は、経費を引き下げる努力をし、さらに、「口座管理手数料」のような形で預金手数料を取ることを考えるようになるだろう。そうなってしまうと、消費マインドが一層冷え込むことにもなりかねない。

日銀がマイナス金利の導入と同時に発表した「経済・物価情勢の展望」(展望リポート)では、2%の物価安定目標の達成時期を先送りし、「2017年度前半ごろ」とした。日銀は昨年4月と10月にも達成時期を先送りしており、これで3回目ということになる。黒田東彦総裁は今後、「量」「質」「金利」の3つのツールを駆使して、2%の目標達成のため、「必要であれば何でもやる」と言っている。

量的緩和とマイナス金利は本来相性が悪い。量的緩和は当座預金残高を増やすものであり、これに課金しようというマイナス金利は矛盾している。そもそも黒田総裁は直前までマイナス金利導入を否定し続けていた。マイナス金利の導入は、これまでの資産の買い入れ増額が限界に近づき、事実上政策の転換を図ったとみるべきだ。今後の追加緩和は、マイナス金利をさらに引き下げるというルートを使うことになろう。

異次元緩和の導入は、金利の低下とアナウンスメント効果によって、株価や円相場に大きな影響をもたらしたことは確かだ。輸出型大企業を中心に企業業績も好転したことから、効果がなかったとまでは言えまい。しかし、その半面、低迷するマクロ経済統計や物価上昇率、そして街角の景況感に照らして言えば、その効果は限定的なものにとどまっている。

黒田総裁は3月15日の記者会見でマイナス金利政策について「経済にプラスの影響をもたらす」と述べた。政策導入後に金利が下がっており、時間をかけて実体経済にも効果が表れてくるとの見方を示した。しかし、現実は厳しいと言わざるを得ない。景気の浮揚を日銀だけに頼るのはもはや限界である。

マイナス金利が導入されたことにより、銀行には貸し出しを増やそうというインセンティブが働くだろう。実際、住宅ローン市場はやや活性化しているようだ。しかし、企業側に資金ニーズがないことを主因として、預貸率(預金に対する貸出金の比率)は現状、メガバンクと地銀で65~70%程度、信金にいたっては50%程度であり、これが劇的に改善するには時間がかかりそうだ。

株式、不動産投資信託(REIT)、外債など、相対的に利回りが高い商品に資金が流れ込む結果、資産価格の上昇と円安が実現する可能性は否定できない。しかし、それは経済実体を伴ったものではなく、いわゆる「流動性相場」であって、将来の日銀の出口戦略を一段と困難にするものと考えられる。

マイナス金利は、これまで考えられなかったような事態を引き起こす可能性もある。たとえば、証券会社のMMF(マネー・マネージメント・ファンド)は販売停止となった。日銀は15日、MRF(マネー・リザーブ・ファンド)を受託している信託銀行が銀行勘定で持つ資金について昨年の受託残高まではマイナス金利の対象外にすると発表したので、当面待機資金の受け皿であるMRFは存続すると思われるが、運用難に陥る信託銀行にしわ寄せがいく形となった。

せめてマイナス金利の良い面を生かすためにも、銀行はスプレッド(利ざや)を厚めに取って低格付けでも有望な中堅中小企業への融資拡大の努力を続けてほしい。また、投資家は、期待利回りが高く、産業の新陳代謝にも寄与するPE(プライベート・エクイティ)やVC(ベンチャーキャピタル)への投資に一層目を向けることを検討してはいかがだろうか。

安東泰志(あんどう・やすし) 1981年に三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、1988年より、東京三菱銀行ロンドン支店にて、非日系企業ファイナンス担当ヘッド。90年代に英国ならびに欧州大陸の多数の私的整理・企業再生案件について、参加各行を代表するコーディネーターとして手がけ、英国中央銀行による「ロンドンアプローチ・ワーキンググループ」に邦銀唯一のメンバーとして招聘(しょうへい)される。帰国後、企画部・投資銀行企画部等を経て、2002年フェニックス・キャピタル(現・ニューホライズンキャピタル)を創業し、代表取締役CEOに就任。創業以来、主として国内機関投資家の出資による8本の企業再生ファンド(総額約2500億円)を組成、市田・近商ストア・東急建設・世紀東急工業・三菱自動車工業・ゴールドパック・ティアック・ソキア・日立ハウステック・まぐまぐ・たち吉・武田産業など、約90社の再生と成長を手掛ける。東京大学経済学部卒業、シカゴ大学経営大学院(MBA)修了。事業再生実務家協会理事。著書に「V字回復を実現するハゲタカファンドの事業再生」(幻冬舎メディアコンサルティング)。
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