熊本での文豪待遇、恥ずかしかったぁ
立川吉笑
2月から始まったこのマクラ投げ企画。今回のお題は「赤面! 恥ずかしかったこと」。次の師匠にうまくマクラをパスしたいと思います。
☆ ☆ ☆
「赤面! 恥ずかしかったこと」というテーマを聞いて、真っ先に思い出したのは友達の貝塚くんのことです。
幼なじみの貝塚くんは青鬼なんですが、とてもシャイなやつで、ことあるごとに恥ずかしがっては顔を赤くします。ただややこしいのは貝塚くんは恥ずかしくて顔を赤くしているつもりなのに、元の顔色が青色だから、青色に赤色が重なった結果、顔が紫色になることです。
初めて会ったときはてっきり紫鬼なんだと思ったのですが、後になって「人見知りで恥ずかしいから顔が真っ紫になっているだけで、本当は青鬼なんだ!」と気付きました。
とても優しい貝塚くんもたまに怒ることがあります。
一つややこしいのは、怒った貝塚くんの顔色もまた真っ赤でなく真っ紫になることで、だから紫色になっているときの貝塚くんを見かけたとき、僕たち友達連中はそれが果たして怒っているからなのか、それとも恥ずかしがっているからなのか、すぐに顔色をうかがう癖がつきました……と、油断をするとすぐにマクラを投げるのを忘れてその場で眠ってしまう僕ですが、今回はしっかりマクラ投げをしたいと思います。
最近の僕はこれまでにないくらいのペースで恥ずかしい思いをしています。
その原因は『現在落語論』(毎日新聞出版)。昨年末に出版した、僕にとって初めての単行本です。
先日、仕事で熊本へ行ったときのこと。
落語会は夜からだったので、昼間の時間を使って熊本の書店さんへごあいさつにうかがうことになりました。本屋さんに行ったらたまに見かける、作家の先生のサイン色紙に書店員さんとの2ショット写真がはってあって、その下に「○○先生がご来店!!」みたいなことが書いてある、例のアレをやらせていただけることになったのです。
出版社の方が先方にアポを取り、回るべき書店の住所や担当者の方の名前が書かれたリストを事前に作ってくださいました。熊本の地に降り立った僕はそのリストを見ながら、まずは1つ目の書店さんへ向かうことに。
「12時半から13時半の間に行ってください」とリストに書かれていたので、10分前には店の前に到着して、12時28分にその書店に入りました。真っ先に落語本コーナーへ向かってみると、一番目立つところにドーンと平積みしてあるではありませんか。こんな遠くの書店でも、こうして自分の書いた本を置いてくださっているのだなぁと感激しました。
涙ぐみながらレジへ向かい
「芸術書担当のSさんはいらっしゃいますか?」とお店の方に聞くと、
「少々お待ちください」とバックヤードへ入って行かれました。
あふれてくる涙を拭いながら
「たくさん本が売れるように落語をもっと頑張ろう」と決意を新たにしているところに、お店の方が戻ってこられました。以下、そのあと繰り広げられた会話です。
「申し訳ございません、Sは本日休みになっております」
「……は?」
「Sは今日と明日、休みになっております」
「い、いや、そんなはずはありませんっ。メールで約束してあるはずなので」
「どういったご用件ですか?」
「あの、何というか、その、著者です」
「はっ?」
「立川吉笑と申します。先日、本を出版させていただきまして本日はごあいさつにうかがわせていただきました」
「あっ、そうですか! 少々お待ちください」。奥へ行き、どこかに電話をかけておられる店員さん。しばらくして戻って来られて
「申し訳ございません。何かの手違いだと思いますが、ただいまSと連絡がつかない状況ですので、また改めてお越しいただけますか?」
「……えっ? あの東京からきまして……」
「わざわざありがとうございます」
「あの、あそこの棚に平積みで置いてくださっているので……」
「一生懸命売らせていただきます」
「え……、あのぉ……」
「お疲れさまでした。引き続きよろしくお願いします」
混んできたレジにさっそうと向かわれた店員さんを見ながら、立ち尽くす自分。どうしても自分から「サインさせてください」とは恥ずかしくて言えませんでした。
とぼとぼ店を後にしながら報告のため出版社の方に電話すると、すごい勢いで謝られました。
「申し訳ございません。すぐに原因を突き止めて、二度とそのような事が無いようにしたいと思います」
直前で担当者の方が変わってしまったことでうまく連絡が取れていなかったことが原因だったようです。
僕としては、ちょっと凹んだとは言え、そんなに気にするようなことでもないし一応報告しておこうと思ったくらいで電話をしたのですが、後から聞くと出版社の方にとっては大事件だったようです。「著者の先生が自ら書店回りをしてくださったのに段取りにミスがあったなんて」と。
そんなことを知らない僕は次の書店へ向かいました。市街地の中心にある好立地の書店さんです。「さっきみたいなことになったらどうしよう……」。ビクビクしながら店内へ足を踏み入れました。すると。
先ほどの件を受けた出版社の方が改めて先方に「これから著者がうかがいます。くれぐれもよろしくお願いします」みたいなことを伝えてくださっていたのでしょう。
店の入口にズラッと店員さんが立ってくださっていました。
「先生、本日は遠いところわざわざありがとうございます! この日が来るのを店員一同楽しみに待っておりました!」
「先生、おカバンをお持ち致しましょうか?」
「この子が先生の大ファンなので、今日はシフトを変更してまで勤務しているんです」
「先生、こちら段差がございます」
……明らかにやり過ぎです。
まるでベストセラーを何冊も出している文豪が来店したかのような、すさまじいおもてなしでした。うれしいことはうれしかったのですが、ただならぬ気配を感じた他のお客さんが、「一体だれが来たんだ?」と僕の周りに集まってきます。
そして前に回ってのぞき込むように顔を確認しては「知らない」「誰?」「見たことない」と次々に首をかしげながら立ち去っていく姿を見るたび、顔が真っ赤になってしまいました。
ともあれ、気持ち良く対応してくださった「蔦屋書店・熊本三年坂店さま」その節は本当にありがとうございました!
ちなみに最後に書かせていただいたサイン色紙、ちゃんと飾ってくれてますよね?
(次回3月23日は立川談笑さんのご登場です)
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