ライフコラム

法廷ものがたり

8年後に出てきた遺言書、「争族」の決着は?

2016/3/16

裁判記録をとじた厚いファイルを開き、埋もれた事案に目を向けてみれば、当事者たちの人生や複雑な現代社会の断片が浮かび上がってくる。裁判担当記者の心のアンテナに触れた無名の物語を伝える。

「全財産を養子の○○に相続させる」。明治生まれの男性が98歳で亡くなって8年近く。なお決着が見えない相続争いのさなか、突然1通の遺言書の存在が明らかになった。相続人として名指しされたのは亡くなる2カ月前に養子になった孫、作成日は亡くなるわずか2週間前だった。息子の1人は「認知症だった父に遺言が書けるはずはない」と猛反発した。

父親は亡くなる1年ほど前に妻に先立たれた後、急速に衰えが目立ち始めた。長男は早くに亡くなっており、次男、三男とそれぞれの家族が交代で実家を訪ねて介護するようになった。ところが、次男の介護方針に不満を募らせていた三男が酒に酔って暴れるなどしたことから、ついには絶交状態に。次男は三男に知らせないまま、長期療養が可能な病院に父親を移し、転院先を三男に教えないよう元の病院のスタッフに固く口止めをした。

三男が父親に会えなくなって半年。実家の近くを通りかかると、父親が大切にしていた庭木が伐採されていた。不審に思い、戸籍を取り寄せて初めて、父親がすでに亡くなっていたことを知った。死に目に遭えなかったショックに加え、戸籍にはもう一つ衝撃の記載があった。亡くなる2カ月ほど前、おいにあたる次男の息子と父親が養子縁組をしていた。

■養子縁組巡り、次男と三男が対立

遺産は東京23区内の土地建物といくらかの預貯金。養子が1人増えれば、2分の1だった取り分が3分の1に減る。三男は次男側の弁護士に「養子縁組はウソだ」と抗議し、2分の1の遺産分割を求めた。

その後、三男は体調を崩してしまったこともあり、話が進まないまま父親の死から8年近くが過ぎた。三男も弁護士に相談し、訴訟を検討し始めたころ、またしても驚きの事実が判明した。次男側の弁護士が突然「遺言書がある」と言い出したのだ。

次男や三男、養子になったとする次男の息子らが立ち会い、家裁で遺言書を確認する「検認」の手続きが行われた。遺言は1枚の白い紙に黒いペンで書かれていた。「私はすべての財産を養子の○○に相続させる」。末尾に日付と父親の署名押印があった。乱れのない楷書体で、高齢者の自筆の遺言書によく見られる文字の震えなどは見当たらなかった。

遺言の存在を知ってから1年が過ぎると、遺言で「相続対象外」とされた法定相続人が最低限の遺産を得られる権利が失われてしまう。三男は次男の息子を相手取り、遺言と養子縁組の無効を確認する2件の訴訟を相次いで起こした。

養子縁組に関する訴訟で、家裁は「当時認知症は軽く、養子縁組をできなかったとまでは言えない」として請求を棄却。判決はそのまま確定した。幼少期から祖父母にかわいがられていた次男の息子は養子と認められ、争いは遺言に絞られることになった。

遺言に関する訴訟で、三男側は当時の父親のカルテを取り寄せて証拠提出した。遺言を書いたとされる時期に、父親は映像の映っていないテレビを見続けるなど、認知症の進行が目立っていた。遺言を書いたとされる日は朝から37度を超える熱があり、夜には38.5度まで上がった。三男は「遺言を書けるはずがない。偽物だ」と主張した。

次男の息子は「病室で話しているときに『これを渡しておく』と遺言を渡され中身を確認した。遺産分割を求められ、弁護士に存在を伝えた」とする陳述書を裁判所に提出した。しかし、法廷で三男側の弁護士に問いただされると「渡されたとき中身は確認しなかった」「弁護士に伝えたかわからない」と説明を修正した。

■遺言書が出てきた状況「いささか不合理」、地裁判決

裁判長は判決理由でまず、遺言書が出てきた状況の不自然さを指摘した。「死亡から8年近く検認の手続きをせず、不動産の所有権移転登記も三男が遺産分割を求めた後というのは、法定相続人が複数いる中で全財産を単独で相続する者としてはいささか不合理だ」。次男側の弁護士が当初、遺言の存在にまったく触れていなかったことも踏まえ、「当時果たして遺言書が本当に存在していたのか」と疑いの目を向けた。

父親の状況についても、当時のカルテから「独力で遺言を書けたか疑問」と指摘。「その日は一緒に紅茶を飲み、持ってきたお菓子を食べながら祖母の一周忌の話をした」などと詳細に述べた次男の息子の法廷証言について、「病態と余りにかけ離れ、信用できない」と切り捨てた。

判決の結論は「遺言は無効」。次男の息子が控訴し、争いの場は高裁に移った。

これとは別に、三男は「次男たちが勝手に父親の遺産を引き出した」として不当利得返還請求の訴えも起こしている。地裁の別の裁判官が審理したこの訴訟でも遺言が争点の一つになり、判決は「遺言の存在を長期間明らかにしなかったのは不自然で無効」と指摘した。ただ請求は一部のみしか認めず、双方が控訴し、現在同じ高裁で係争中。

父親が亡くなって13年。「以前は仲が良かった」という親族間のいさかいの出口はまだ見えない。

(社会部 山田薫)

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