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重度の不眠・繰り返す悪夢… 自殺と睡眠の因果関係

日経ナショナル ジオグラフィック社

2016/3/22

PIXTA
ナショナルジオグラフィック日本版

前回、前々回にうつ病と睡眠の話題を2回にわたって紹介した。今回は「自殺」について取り上げてみたい。

重いテーマである。自殺問題は極めて個人的な事象であって原因は多様である。睡眠はもちろんのこと、貧困であれ、病苦であれ、少数の要因で自殺に至った原因を説明できることは少ない。それでも、重度の不眠、繰り返す悪夢が自殺企図や既遂に関連しているという疫学的な事実がある。そこに因果関係はあるのか、あるとすればそのメカニズムはどのようなものか、現在考えられている仮説についてご紹介する。

(イラスト:三島由美子)

内閣府自殺対策推進室がまとめている「警察庁の自殺統計に基づく自殺者数の推移等(平成28年1月15日)」によると、平成27年の自殺者数は2万3971人(速報値)であったという。長らく3万人を上回っていた年間自殺者数だが、平成24年に3万人を切り、その後も減少を続けている。幸いなことに平成27年(2015年)も減少傾向は保たれたようだ。

欧米でも自殺は社会問題化しており、対策が急務となっている。米国薬物乱用・精神衛生サービス局が「Warning Signs of Suicidal Behavior(自殺行動の前兆となる危険なサイン)」という報告書を出している。ここでも不眠症状が取り上げられている。

■自殺行動の前兆となる危険なサイン■
(1)自殺をほのめかす
(2)自殺の手段を探している
(3)絶望感や生きる意味がないと言う
(4)追い詰められた気分、耐えがたい苦痛を訴える
(5)周囲の負担になっていると言う
(6)酒量や服薬の増加
(7)不安や焦燥、衝動性に駆られた行動
(8)強い不眠、もしくは過眠
(9)周囲を避ける、もしくは疎外感
(10)激情、復讐の企て
(11)気分が変動しやすい

(1)(2)はさておき、その他のサインは自殺だけに特有な症状ではない。うつ病や不安障害、PTSDなど多くの精神疾患に広くみられる症状である。それでもいくつかの兆候が重なっているとき、自殺リスクを考慮しておくことは予防のための大事なステップとなる。

私が研修医時代に使っていた精神医学の教科書でも、自殺リスクを高める症状として、苦悩に満ちた不眠、自己抹殺や墜落、破局の夢、を挙げていた。古くから不眠や悪夢が自殺者でしばしば見られることに臨床医は気づいていたのだ。

これまで行われた数多くの疫学調査によって睡眠問題(特に不眠と悪夢)が希死念慮(死んでしまいたい、死んで楽になりたい気持ち)、自殺企図(実際に企てたが死に至らなかった)、自殺既遂(死に至った)のリスク増大に関連することが明らかにされている。1966-2011年に発表された睡眠問題と自殺リスクに関する39の論文(調査対象14万7753人)をメタ解析した結果では、慢性不眠がある人では希死念慮、自殺企図、自殺既遂が生じるリスクが約2倍に、悪夢がある人では約1.7倍に上昇することが明らかにされている。

先の「自殺行動の前兆となる危険なサイン」や「自殺リスクを高める症状」で挙げられている、激情、衝動性、苦痛、不安焦燥、不眠、悪夢、気分変動などの間にはある共通したキーワードが横たわっている。それは脳内セロトニン神経機能の低下であり、これらの症状はセロトニン徴候(Serotonergic trait)とも総称されている。

セロトニン徴候がなぜ自殺リスクにつながるのか。自殺の病理研究で有名なMann JJの仮説をもとに解説しよう。

Mann JJによる自殺の生物学的モデル。Mann JJは神経科学的知見から、最後の一押しをしてしまうのが絶望感と衝動性であると考えた。不眠・悪夢は筆者が追記。(画像提供:三島和夫)

■自殺行動にいたらしめるセカンドヒットとは?

自殺の背景にうつ病やアルコール依存などメンタルヘルスの問題があることは広く知られている。自殺者の90%は何らかの精神疾患に罹患(りかん)しているとされる。しかし、逆は真ではない。希死念慮を抱く患者は多いが、実際に自殺行動を起こす人は一部である。行動化には抑うつや悲観的な感情に加えて、セカンドヒットが必要だと考えられている。Mann JJは神経科学的知見から、最後の一押しをしてしまうのが絶望感と衝動性であると考えた。

実際、数多くの疫学調査でも自殺リスクを高める要因として絶望感、厭世(えんせい)観は常にピックアップされる。そして絶望感、厭世観をもたらす神経基盤として脳内ノルアドレナリン神経機能の低下が関わっている。ノルアドレナリンは気分調節に深く関わり、機能が低下することで生きる意欲、生への関心が弱まってしまうと考えられている。

このような状態に加えて、脳内セロトニン神経機能の低下によって生じた衝動性、激情、攻撃性が重畳することで自殺行動に至ってしまうと考えられている。死ぬにも力がいる、と言い残したのは曹操だったろうか。自らに向けた強い攻撃性と衝動性が自殺行動という高いハードルを乗り越えさせてしまうのだ。

不眠や悪夢もまた脳内セロトニン神経機能の低下で誘発されやすい。自殺行動につながる衝動性の高まりを表すサインとして、かなり早期から出現する症状であると考えられている。先に紹介した教科書にもあったように、熟練した精神科医は自殺のハイリスク者を見分ける指標として苦悩に満ちた不眠や破滅的な夢に着目していたのだ。

不眠や悪夢は自殺を引き起こす直接的な原因というよりも、自殺の衝動性の高まりと並行して、時には先行して生じる兆候と考えるのが妥当だろう。しかし、眠れぬままに一晩中悩み事を反すうし、思い詰め、家人がまだ寝静まっている早朝に自殺を企てる人も少なくない。その意味では睡眠問題は単なる兆候ではなく、自殺のトリガーともなり得る。うつ病をはじめメンタルヘルスの問題で苦しんでいる人こそ、しっかりと眠らせてあげなくてはならない。

(イラスト:三島由美子)
三島和夫(みしま・かずお)
1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、2002年米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て、2006年6月より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。これまで睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者を歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2016年2月4日付の記事を再構成]

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著者:三島 和夫
出版:日経ナショナルジオグラフィック社
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