メルセデスがつかんだ都会の奇妙な"タナ"の存在
小沢コージのちょっといいクルマ
国産軽自動車で来店する新プレミアムファミリー
興味深い事実が分かってきた。ある種、奇妙な都会の"タナ"ともいえる存在である。
2015年に6万5162台を売って、16年ぶりに輸入車販売ナンバーワンブランドに輝いたメルセデス・ベンツ。好調の原因はハッキリしていて、2012年から導入した新世代メルセデス(コンパクト・カー)の成功だ。
具体的には「Aクラス」「Bクラス」「CLAクーペ」「CLAシューティングブレーク」「GLA」だが、簡単にいうとこの5車種で年間約2万台が上積みされている。
「同時に2012年からハッキリとお客さまの層が変わりました。特にコンパクトを買われる方ですが、国産車で来られる方が明らかに多いんです。それも10年で10万キロメートル乗られた方とか、国産の軽自動車で来る方もいらっしゃいます」(メルセデス・ベンツ豊洲店長・渡辺純一さん)
そこには明らかな地域差もあるという。
「弊社は中央区の新川にもディーラーがありますが、そちらにはそうしたお客様はほとんどいらっしゃいません。新川は従来のお客様がほとんどです」(渡辺さん)
これは豊洲に限った話ではなく、そもそもメルセデスが売れるのは東京、神奈川、大阪、名古屋の大都市圏がメーンで、全体の約7割がそこで売れる。しかもコンパクト系は新興住宅地、それもプレミアムな住宅地が多い。
「ここではやはり、豊洲の高層マンションにお住まいのお客様が多いです。しかも決まってお話しされるのは"マンションの駐車場には輸入車が多いね"ということ。担当者の話では幼稚園、保育園に送り迎えに来るクルマがメルセデス、BMWやポルシェの『カイエン』などで、なんで自分だけが国産?という理由で、メルセデスに買い換えたお客様もいらっしゃったようで」(渡辺さん)
まさしく釣りでいう"タナ"のような存在かもしれない。魚は海でも川でもほんの数センチメートル水深が違うだけで住む魚の種類が変わる。だからこそ魚が泳いでいる位置(タナ)を知ることが重要だ。それは人間界でも同じ。クルマ離れといわれ、消費行動が抑えられ気味な今の若いファミリー層だが、購買欲旺盛な客もいるのだ。
「特にここベイエリアは"キャナリーゼ"や"豊洲ネーゼ"という言葉ができたくらいで、勢いのあるお客様が多く、良い生活をしているように見受けられます」(メルセデス・ベンツ豊洲 内海和也さん)
マンション、家具は新調したのにクルマだけ国産?
それと面白いのがある種の連動効果というか、気持ちが大きくなる独特の心理状態である。
「これは想像ですが、マンションを買う、引っ越してくるとなると家具からカーテンまですべて新調したりしますよね。新生活ということで、クルマまで買われることもあると聞きます。豊洲に引っ越してきて、子どもはインターナショナルスクールに通うのに、クルマは国産でいいのかしら?と(笑)」(渡辺さん)
一時のバブル期のような様相だが、それは十分ありうる。今、日本の景気は良くなっているのか悪くなっているのかわからない状況だが、少なくとも貧富の差であり、勝ち組、負け組はハッキリしてきている。
そんななか、勝ち組が競い合って住むようなゾーンでは、いいクルマは変わらずいい生活のバロメーターたり得ているのだ。
「そこで大きいのが、300万円台から買えるAクラスの存在なのです。今までメルセデスは"メルセデスに憧れる層"に対してご提案できる価格帯のクルマがなかったのですが、Aクラスならばそれが可能です、昔メルセデスに憧れたご両親が、お子様ご夫婦に買ってあげることも実際にあります」
総中流社会と呼ばれたのははや昔。今の日本は格差が一つの大きな問題であると同時にモチベーションともなり、クルマは新たな象徴アイテムとして見直されてきている。なかでもメルセデスの新世代メルセデスのごとく、高すぎず安すぎず目立ちすぎず、それでいて明らかにプレミアムな存在は非常に重用がられるのかもしれない。
次回はそんなAクラスを実際に買っている層についてさらに掘り下げ、そしてAクラスそのものの魅力をひもといてみよう。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は日経トレンディネット「ビューティフルカー」のほか、『ベストカー』『時計Begin』『MonoMax』『夕刊フジ』『週刊プレイボーイ』、不定期で『carview!』『VividCar』などに寄稿。著書に『クルマ界のすごい12人』(新潮新書)『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』(宝島社)など。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
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