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いきものがかり 「ポップであること」追究し10周年 音楽通じ、人々のそばに

2016/3/13 日本経済新聞 夕刊

写真左から水野良樹(33)、吉岡聖恵(32)、山下穂尊(33)。1999年2月に水野と山下で結成、同年11月に吉岡が参加。2006年「SAKURA」でメジャーデビュー。代表曲に「風が吹いている」「ありがとう」など

老若男女に愛される流行歌が生まれにくい時代にあって、孤軍奮闘の感があるのがポップスグループ、いきものがかりだ。今年でデビュー10周年を迎えた。

ヒット曲の大半を作詞、作曲しているのはリーダーの水野良樹(ギター)。山下穂尊(ギター)も数多くの曲を作詞、作曲し、アルバムでは重要な役割を担う。吉岡聖恵(ボーカル)は2人の曲を歌うグループの顔であると同時に、自ら作詞、作曲することもある。

「3人とも親の影響で歌謡曲やフォークに親しみ、自分たちが中高生のころはJポップを浴びるように聴いた。僕らのバックグラウンドには、確実に歌謡曲やJポップがあります。デビュー曲のカップリングに『卒業写真』(荒井由実)のカバーを入れたのが象徴的です。40年も前の曲なのに、今も自分を重ねる人が大勢いる。あんな形で愛される曲を作りたいのです」

水野がそう語ると、山下が次のように続けた。

「男の2人組として始めた最初期は、自分のことを歌にしなくてはいけないのだろうと考えていた。吉岡が加わって変わった。自分ではなく、彼女が歌うことで自分を語る必要がなくなり、曲作りが自由になったのです。女性の言葉で書いてもいいわけですから」

吉岡は自分の立場を次のように説明する。

「曲の主人公は、わたし、あたし、僕など様々で、自分に近い曲も遠い曲もある。その主人公になりきって歌うより、あまりクセをつけず、そのまま真っすぐに歌い、曲のストーリーを朗読するように素直に伝える。それが私の役割だと思っています」。水野と山下も「吉岡が歌うとフラットに中和される。そこが彼女の良さ」と口をそろえる。

印象に残るメロディーや世代を超えて共感される歌詞はどう生まれるのか。

「癖のように多用してしまうコード進行はあります。そこに陥らないように心がけつつ、逃げずに向き合う必要もある。同じ進行の名曲が1万曲あったとしても、だからこそ、まだそこに可能性があるはず。とっぴな作り方をするのは実は簡単で、スタンダードな作り方をどこまで深掘りできるかです」と水野は語る。

山下は「曲はギターでコードを鳴らしながらメロディーを探り、歌詞はいろんな主人公やストーリーの設定を考えて小説を書くように作る」。吉岡の分析によれば、水野は「練りに練って作り上げる」のに対し、山下は「一筆書きのようにスルッと作る」タイプだ。

水野が最もうまく書けたと自負する曲は、帰りたくなったよ、君が待つ街へ……と歌う「帰りたくなったよ」だという。「帰りたくなったよというフレーズが良かった。震災で家を失って帰る場所がなくなった方など、いろんな人の気持ちにつながることができた」

「つまり曲を通じて、多くの人の価値観に少しでも影響を与えたいのです。その意味で『上を向いて歩こう』は素晴らしい。あの曲によって、上を向いて歩くことがポジティブな意味を持つようになったし、人々を勇気づけるために歌われる場面も多い。そんな曲に対して強いあこがれがあるのです」と水野が語った。

■創作の原点、路上に

グループの結成は17年前。3人とも高校生で、地元神奈川県で路上ライブを繰り返しながら力を蓄えた。メンバー自身が選曲したデビュー10周年記念のベストアルバム「超いきものばかり」(15日発売)にも、路上時代の自作曲がたくさん収録されている。

街頭で路上ライブを繰り返していた高校時代(2000年9月)

「どうやれば街行く人が立ち止まってくれるかを第一に考えていました。聴いてくれ~と叫ぶように自分の気持ちをぶつけてもうまくいかず、淡々と物語を伝えるように歌った方が共感してもらえた。いいと思ったらそれこそお子さんからお年寄りまで立ち止まって熱心に聴いてくれる。それがとってもうれしくて」と吉岡。老若男女に愛される歌謡曲風の曲を志向した原点は路上にある、と3人は異口同音に熱く語ってくれた。

作家としては水野に光が当たりがちだが、山下と吉岡の曲も実にいい。自分でうまく書けたと思う曲はと尋ねたら山下は「心の花を咲かせよう」、吉岡は「キミがいる」をはにかみながら挙げてくれた。

(編集委員 吉田俊宏)

[日本経済新聞夕刊2016年3月9日付]

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