
「いずれ社長になりたいと思う方いらっしゃいますか?」と聞いたら、すぐに複数の手が挙がった。テーブルの向かい側には4人の女性社員が並んでいたが、積極性に圧倒された。この会社のダイバーシティ(多様性)推進の状況も聞いてみたら、「会場での研修の際、ビデオで社長の話を聞いていたら、後で本人が登場したんですよ!」と目をキラキラと輝かせながら答える女性社員もいて、社内の活気を感じた。
なぜこのような機会を得たのかというと、NPO法人J-Win(東京・千代田=https://www.j-win.jp/)の「2016 ダイバーシティ・アワード」の選考委員に今年初めてなったからだ。J-Winはダイバーシティの取り組みについて、1社あたり3時間半の長時間にわたり経営トップ、推進担当者、男性管理職4人、女性社員4人という4つのレベルを取材するなど徹底的な選考プロセスを用いている。
今回の選考でも社長が登場。ダイバーシティ推進への思いについてあまりにも熱く語っていらっしゃるので、額が汗でにじんでいる。面会に与えられた40分の時間中に、こちらから質問する時間がなくなってしまわないかひやひやするほどだった。
「以前、ダイバーシティ推進のための組織を立ち上げたときに失敗したんです」と社長がいう。経営トップの思いは担当ラインには通じていたが、伝言ゲームとなったため、組織の全体としては意識改革の広がりが乏しかった。だから、現在は自らの言葉で直接現場に伝えるようにしているのだそうだ。やはり経営トップの並々ならぬ意気込みがなければ、現場には刺さらない。
事業環境が時代によって変化する中、企業の持続的な成長には非財務的な「見えない価値」が不可欠だ。企業の進化には生命エネルギーの源が必要で、そういう意味では「見えない価値」とは企業の「ミトコンドリア」のような存在だ。今回は女性の活躍推進の取材を通じて、企業のミトコンドリアの「見える化」へとつながり、大変よい刺激を受けた。
運用の世界では「ショートタームイズム」(短期主義)ではない企業の持続的な成長に注目する「ESG投資」が世界の潮流であり、日本でも注目を集めている。環境配慮や人材の多様性など非財務情報も投資判断に生かす手法で、今回の取材は大いに勉強になった。
女性の活躍とは、女性が男性と同じような価値観や慣習によって働くことではない。手が足りないことを補うだけが目的であれば、それは女性の「活用」であり、女性の「活躍」ではない。
かつての企業の常識であれば、職場の画一性によって効率性を高めることで価値創造が可能だった。背景に高度経済成長時代があったからだ。しかし、時代は変わった。もはや効率性を高めるだけでは21世紀において日本企業は価値創造することはできない。
多様性、つまり女性、そして、外国人や障害者などを組織内に取り込むことで、既存の「枠」の内側に外側から様々な視点を取り込む。それによって、「枠」の内側に新たな気づきを促し、活性化を図る。このように「枠」の内側が活性化すれば、そのエネルギーによって、その「枠」は自然に拡大する。ダイバーシティとは企業の持続的な価値創造の源なのだ。
具体例を挙げるなら業務プロセスの改善だ。ワーキングマザー(そして、子育てファーザーにとっても)一日の時間は重要だ。旧来の男性社会であれば、だらだらと職場で時間を過ごして、「仕事」という名目で残業手当も稼げたという側面が否定できない。男性同士の暗黙の了解という慣習もある。
ただ、ダイバーシティ推進に取り組むことによって、子育てと仕事を両立するためには勤務時間外のミーティングの禁止、意思決定のスピードアップなどの改善が見られたと取材先の企業から教えてもらった。逆に面談などを通じて成果のフィードバックを明確にする風土をつくることで、社内の風通しの改善もみられるようになったようだ。
また、女性が営業担当になったことに当初は難色を示した取引先もあった。しかしながら、女性ならではの生真面目な仕事やフォローを好感するようになり、結果的に店舗の営業実績が向上したという例もあったようだ。「男性の営業は適当に手を抜くことがあるが、女性はそのようなことはしない」。男性管理職からこんな告白もあった。
女性が活躍することで肩身が狭いと感じる男性社員もいるであろう。しかし、今回の企業取材で思ったことは、そのような傾向は過去の成長時代の成功体験がある世代の話。若い世代は、男女ともに、女性の活躍は当たり前であると自然体で感じているようだ。新しい時代の爽やかな風を感じる。