先輩からの洗礼 若手レスラーは悔しさバネに成長
今回は新日本プロレスリングの若手選手育成プロジェクト「LION'S GATE」がテーマです。
まずは本題に入る前に、プロレスで重要視されがちな「シングルマッチの通算戦績」についてお話したいと思います。
通常のプロレス観戦では、野球の打率や防御率、サッカーの得点率のような選手の能力を客観的に比較する数値を気にすることはあまりありません。しかし、ひとたびタイトルマッチが決まれば対戦者2人の「シングルマッチの戦績=現時点でどちらが勝ち越しているか」がとたんにファンの関心事に上ります。
とはいえ、2人が別々の団体に所属し、前回の対戦が5年とか10年前のたった1試合のみだったら? まだ何者にもなっていない若手時代の勝敗が今の彼らの闘いの参考にどこまでなるのでしょうか。
それでも、私はこの数字に意味があると思います。当の本人たちが「そんな昔のこと今さら言われてもなぁ……」と思っているとしても、見る側の「思い入れの拠り所」としていつか機能するのです。
ここからが本題です。
新日本プロレスの新プロジェクト「LION'S GATE」が2月25日に東京都内のイベントスペース、新宿FACEでスタートしました。
「団体の枠を越えて若手選手が挑戦できる環境を提供する」というコンセプトのもとに開催された第1回大会、並んだのは新日本プロレス対プロレスリングNOAHの対抗戦のような対戦カードでした。当日は両団体のファンの歓声が入り混じり、普段の新日本の大会とは違った熱気であふれかえっていました。
大会コンセプトに沿って若手対ベテランのチャレンジマッチ的な試合が多く組まれ、負けた若手選手も悔しさのなかに先輩へのリスペクトをのぞかせました。胸を貸したベテランも団体の垣根を越えプロレス界の将来を担う若者たちの奮闘を称えていました。
ところが、1試合だけ明らかに空気の違うシングルマッチがありました。第2試合、川人拓来(かわと・ひらい、新日本)選手vs.熊野準(くまの・ひとし NOAH)選手の一戦です。
新日本の川人選手は今年1月3日にデビューしたばかりで公式戦6試合目。一方の熊野選手は2013年にデビューしたNOAH生え抜きの選手です。つまり、この試合は大会唯一の若手レスラー同士の闘いだったのです。
若手といっても新人と3年目とでは経験値に大きな差があります。熊野選手は身長こそ劣るものの身体の分厚さで川人選手を圧倒しています。プロレスの試合では若手同士だと派手な大技を控える傾向にあり、基本技、エルボー(肘)を打ち合うにしても威力の差は明らかです。
試合後のインタビューで「(実績のある)上の選手ともっと組んでもらいたい」と熊野選手はコメントしていました。若手レスラーにとって、自分よりキャリアの浅い選手など絶対に負けるわけにはいかない相手なのです。しかも舞台は熊野選手にとって新日本主催、アウェー(敵地)のリングです。
「自分の方が上」と見せつけるように追い込む熊野選手。圧勝で終わるのかと思ったその瞬間、川人選手の意地の張り手がヒット! 「パーン」と乾いた音が天井の低い新宿FACEに響き渡り、会場がどっとわきます。
川人選手の反撃が始まりました。ここぞと繰り出した鋭い蹴りに観客がどよめきました。川人選手の総合格闘技のバックボーンがきらめいたシーンでした。
それでも最後は熊野選手がみごとな投げ技、フィッシャーマンズ・スープレックスで危なげなく勝利を収めました。平然と控室に立ち去る熊野選手と、マットをたたいてうずくまる川人選手の対比が印象的でした。
私はちょうど川人選手の表情が見える側で観戦していました。カッと目を見開き、顔を紅潮させて全身から悔しさを爆発させている川人選手の姿に、足のつま先からぞくぞくっと鳥肌が立ちました。まだ10代であどけなさが残る川人選手の、初めて見せた強い闘志に感動したのだと思います。
こうして若手選手2人の対戦戦績の1つ目が公式に記録されました。5年後10年後、彼らが団体のトップ選手としてシングルマッチを闘うときがきたら、間違いなくこの日の一戦が振り返られるでしょう。お互いが「昔のこと今さら言われても」と思っていたとしても、黙っていられないのがプロレスファンなのです。
今回のイラストは若手プロレスラーの象徴的な技「ドロップキック」を描きました。新日本プロレスのエース、オカダ・カズチカ選手は、若手時代から愛用するこの技を磨き上げ、その跳躍の高さとフォームの美しさで観客を驚かせています。
シンプルで、古くから使われている技も、その後の鍛錬により観客をひきつける必殺技になるのです。
(この連載は随時公開します)
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