双子デュオ「イベイー」、西アフリカ伝統と先端ポップ
フランスとキューバの両国にルーツを持つ双子の姉妹デュオ、イベイーが初めて来日し、3月1日に東京・六本木のビルボードライブ東京で公演した。「イベイー」とは西アフリカのヨルバ語で双子の意だ。キューバ人打楽器奏者の父親とベネズエラ系フランス人歌手の母親との間にパリで生まれ、生後2年間はキューバのハバナで暮らしていた。ヨルバ語のデュオ名は、キューバの混合宗教サンテリアに強い影響をおよぼす西アフリカのヨルバ族の伝統音楽を学んだことに由来する。
2015年に英国のクラブミュージック系レコード会社、XLレコーディングスから発表されたデビューアルバム(日本盤はホステス・エンタテインメント)は、英語とヨルバ語で歌われている。そのジャケットに使われている2人のモノクローム写真からは暗めの印象を受けるのだが、ステージに登場した2人はいたって陽性だ。そろいの真っ赤なつなぎを身につけていたためかもしれないが、その姿は2人がまだ20歳の若さであることを直截(ちょくせつ)に示していた。溌剌(はつらつ)とした初々しさは、もしかすると今だけのものかもしれず、アルバムデビューから1年しかたたない時期に彼女たちのライブに触れることができる幸せも感じた。
リサ=カインデ・ディアスはキーボードを弾きながら主にリードボーカルを担い、もう一人のナオミ・ディアスはカホンやバタドラムといった中南米で発達した打楽器や電気パッドを凛(りん)として扱いながら、ボーカルを加えていく。ほかに演奏者を加えることなく、2人はすべてを自らの音だけでまっとうする。曲によってはサンプラーも使用してサウンドに厚みが加えられるが、2人だけによる所作が聞き手に与えるのは、決定的な結びつきを持つ姉妹という単位の強力無比さだ。その噛(か)み合いは、2人が日常で続けてきた、喜びある作業を透けて見させる。長年のやりとりの先にある理屈を超えた重なりの妙がそこにはあった。
何と言っても歌声のたたずまいが魅力的で、それが聞き手の心を大きく揺さぶった。とくにヨルバ語で歌われる際の2人の声の重なりは個性的で味わい深く、聞く者を別世界に送り出すような力を持っている。
彼女たちの曲は普通のポップスとして通用するメロディアスなものも少なくない。サンプラーを使う場合は現代的なサウンド感覚を携えてもいる。だが、そこにこの姉妹の血の通った肉声が加わると、表現の総体は一変してしまう。一気に土着的な強さや彼女たちのバックグラウンドの多様性が鮮やかに沸き立つ。
2人の父親である故ミゲル"アンガ"ディアスはキューバ音楽の打楽器の魅力を広く伝えた知る人ぞ知る名手だった。ディアス姉妹の身体性の強い実演に触れて痛感させられたのは、その協調表現の底にアフロキューバン音楽の滋養がいろいろと息づいているということだ。リズムの構造や歌声の奥に潜むエキゾチシズムは2人の抱えるルーツの豊穣(ほうじょう)さを語ってあまりある。
アカペラで聞き手を魅了する箇所もあれば、手拍子を効果的に用いたり、聞き手に簡単なフレーズを唱和させたりする場面もあり、巧みにメリハリをつけながら共感を呼び起こしていった。アルバム収録曲とともにいくつかの未発表曲や、米国のラッパーであるジェイ・エレクトロニカの「エキシビット・ディアス」のエモーショナルなカバーも披露した。
キューバや西アフリカの記憶と欧米の大都市が導く先端的なポップミュージックの感覚が、時空をするりと超える感覚でつながる。彼女たちがあっけらかんと紡ぐ音楽は膨大な情報量をはらみ、聞き手を新しい音楽の旅に誘う。そんな実演に触れて、市井の生活が思うまま営まれるかぎり、興味深いポピュラーミュージックは生まれ続けると、皮膚感覚で確信した。そんなうれしい思いを与えてくれる新人は、そうはいないだろう。
(音楽評論家 佐藤英輔)
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