望む最期、どう迎える 意思はっきり、家族・医師に130万人のピリオド(6)

2016/3/7

安心・安全

父の位牌に手を合わせる佐藤好美さん。父が最期を過ごした部屋に小さな仏壇を置いた
父の位牌に手を合わせる佐藤好美さん。父が最期を過ごした部屋に小さな仏壇を置いた

最期は本人が望むかたちで迎えさせたい――。そう考えていても「希望どおり」を実現するのは容易でない。人生の最終段階を家族はどう支えるべきか。悔いのないみとりのために、やっておくべきことはあるのだろうか。

「お父さんは1カ月もてばいい状態です。病院にいるか、ホスピスか、自宅に戻りますか?」。東京都の主婦、佐藤好美さん(42)は2015年11月、末期がんの父(享年70)の主治医に選択を迫られた。不安に押し潰されそうになりながらも、佐藤さんは「自宅」を選んだ。背を押したのは2年ほど前、がんの脳転移が分かったときに父が口にした「最期は自宅で迎えさせてくれ」という言葉だ。

佐藤さんを支えたのは在宅医療や介護の人たちだ。ヘルパーは毎日、訪問入浴は週1回。訪問看護は週3日、診療は週1日で、来訪予定がない日は必ず朝に電話があった。

2週間たった頃、脈が弱くなり血圧が低下、医師は「今日、明日かもしれない」と告げた。駆けつけた夫と交代で3日間、ほぼ意識がない父を懸命に看病した。12月14日の朝、静かに息を引き取った。

葬儀を終えると「肩の荷が下りた」と感じた。「父の言葉に応えることができたから『終わった』と思えた。いつか褒めてと父に言いたい」

都内の会社員、田中健さん(仮名、50)の母(享年72)は末期がん。昨年末、転院希望先の医師に呼ばれた。

医師は「前の病院と同じ治療しかできない可能性はあるが、体力が回復すれば抗がん剤治療を再開できるかもしれない」。万が一のときの治療について、事前意思表明書を出すよう求められた。何を望み何を望まないか書き込む。「心臓マッサージ、気管切開、胃ろう(栄養を胃に注ぐための入り口)など細かく挙げていて戸惑った」。母の希望を聞くと「全部いらない」。意思は明確だった。

2週間後、自宅で療養中に容体が急変し母親は亡くなった。田中さんは最期の瞬間に立ち会えなかったが「本人が納得できる形で終末期を生きたと思う」と話す。

「最期は自分で選びたい」「親が望むようみとりたい」。多くの親子が願うが、実現には葛藤や困難が立ちはだかる。田中さんは「母の気持ちを家族全員が分かっていたことと、医師が希望を持たせて励ましてくれたことが大きい。『末期だから何もできない』という態度だったら、書面を前に冷静に判断できたか分からない」と明かす。

東京女子医科大学第一内科非常勤講師の渡辺敏恵医師(62)は5年ほど前、担当した80代の女性の家族が忘れられない。女性は長期入院中に2度目の脳梗塞を起こし、意識がなくなった。50代の娘に「胃ろうをつくりますか?」と尋ねると、「ずっと闘病してきた母をこれ以上苦しめたくない」と断った。しかし、遠方から駆けつけた40代の息子は「とにかく生きていてほしい」と胃ろうを希望し、言い合いになったのだ。

結局、姉が弟を説得する形で、女性は点滴で水分補給をするだけで安らかに亡くなった。それでも「姉にも弟にも『これでよかったのか』という後悔が残ったと思う」(渡辺さん)。本人の意思が分からないまま治療を選ばなくてはならない家族の心の負担は、みとりの後も続く。「どういう生き方をして、どういう最期を迎えたいかを家族や医療者に伝えておければ、自分はもちろん、家族のためになる」と渡辺さんは話す。

「アドバンス・ケア・プランニング」は医療・ケアチームが患者や家族と話し合い、患者の意思に即した治療を決める。病状の変化などに応じて何度でも話し合い、治療方針を変える。医療現場で進むが、国は14~15年度に全国15の医療機関で同種のモデル事業を実施。来年度は医療・ケアチームの育成研修をする。

「医療者は患者と家族に寄り添い治療にあたるべきだ」。がん遺族のつどいを20年以上開く「青空の会」(東京・青梅)共同代表の中野貞彦さん(70)は話す。「治療を頑張りたいがん患者に医師がホスピスをすすめ、患者が傷つくことがある。患者と家族への理解を深めることの大切さに目を向けてほしい」

  ◇    

厚生労働省の2013年の意識調査によると、終末期医療について「家族と詳しく話し合っている」のは2.8%。「全く話し合ったことがない」は55.9%にのぼった。

自分で判断できなくなった場合に備え、受けたい治療を示す「事前指示書」に約7割が賛成しているが、そのうち実際に書面を作っているのは3.2%。聖路加国際病院緩和ケア科部長の林章敏医師(52)は「終末期の具体的な治療については考えたくないという人が多い」という。

病院で最期まで頑張りたい、ホスピスに入りたい、最期は家で過ごしたいなど、イメージを持っておくだけで違うと林医師。描いたイメージは家族と共有することが大切だ。「テレビドラマやニュースで人の死に触れたとき、『こういう最期がいい』『これはつらい』などと家族と話すようにするといい」と助言する。

(女性面副編集長 佐藤珠希)

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