いま聞くべきベストアルバムはコレ 新定番36
90年代以降の音楽市場を支えるベスト盤。近年増えているのが「オールタイムベスト」だ。これは、デビュー10年以上など長期間活躍するアーティストの全活動を振り返ったベスト盤のこと。15年7月の『DREAMS COME TRUE THE BEST! 私のドリカム』のように、3枚組・50曲入りで3400円などリーズナブルで、レコード会社をまたいで選曲されているものも多い。
オールタイムベストの人気が顕著になったのは、桑田佳祐、山下達郎、松任谷由実らベテランが立て続けに発売した12年。その年以降の4年間のセールスランキング(下表)を見ると、この3組に加え、3位のDREAMS COME TRUE、7位のEXILE、8位のAKB48と、オールタイムベストはトップ10内に6作ランクイン。ヒットに結びつくことが多い。
こうしたオールタイムベストの先駆けは、98年にリリースされたサザンオールスターズの『海のYeah!!』や松任谷由実の『Neue Musik(ノイエ・ムジーク)』だ。共に人気曲が30曲も収録され、2枚組で4000円弱というお得感もあって、300万枚を超えるセールスとなった。
その後、08年の竹内まりや『Expressions』や浜崎あゆみ『A COMPLETE~ALL SINGLES』のように3枚組で、約100万枚を売り上げるものが出現。いずれも40曲以上収録し4000円弱、CDの価格を曲数で割った「曲単価」は100円を切った。さらに、12年以降のオールタイムベストは、曲単価が70円台から60円台の作品も現れるなど、デフレ化は加速している。
こうした傾向について、DREAMS COME TRUEや松田聖子の制作部署を統括するユニバーサルミュージックの中村卓氏は、「デジタルでの音楽配信が普及し、ネットで手軽に音楽を聴ける現在の市場を考慮して、求めやすいギリギリの価格を目指した」と語る。
また、シングルをリリース順に収録したベスト盤は既に発売しているベテランアーティストも多く、その収録曲や曲順にも趣向を凝らしたものが多数出ている。例えば松田聖子のオールタイムベスト『We Love SEIKO ‐35thAnniversary 松田聖子 究極オールタイムベスト 50 Songs‐』では、中村氏が「コンサートでの流れをCD1枚ごとに再現するよう心がけた」と話すように、80年代のシングルヒットと近年の楽曲を織り交ぜた曲順にすることで、単に過去を懐かしむだけではなく、隠れた名曲の魅力を新たに発見する楽しみもある。中村氏は「ネットで自分好みの曲順のプレーリストを作成し、音楽を楽しむ層が増えた。であれば、アーティストやレコード会社お墨付きのプレーリストをCD化することにニーズもあるだろう」と語る。
3月にデビュー10周年を迎えたいきものがかりは3枚組のベスト盤『超いきものばかり~てんねん記念メンバーズBESTセレクション~』を発売した。担当するエピックレコードの栗原淳一郎氏は「老若男女誰もが楽しめるようなポップスを目指してきたので、彼らの10年を1パッケージでじっくり聴いてほしい」と本作のコンセプトを語る。いきものがかりは過去に2作のベスト盤をリリースしているため、「シングルカットされていないライブで人気の楽曲に加えて、今後のドラマ主題歌やCMタイアップが決まった新曲も収録する」(栗原氏)など趣向を凝らし、長期間売れ続けることを目指した作りとなっている。
かつてのファンを呼び戻す
ベテランアーティストはオールタイムベストを発売することで、かつてCDを買っていたファンを呼び戻すチャンスとなることが期待できる。加えてネットで無料で音楽を楽しんでいた層を新たに取り込む効果もある。
実際に12年に発売された松任谷由実の40周年記念ベストアルバムは約90万枚のヒットとなり、その後のオリジナル盤『POP CLASSICO』(13年)は、ベスト盤前のオリジナル『Road Show』(11年)の約1.5倍の売り上げとなった。また、中森明菜のように、活動休止中にベスト盤『オールタイム・ベスト ‐オリジナル‐』(14年)を発売することで、その魅力を再認知させ、翌年にシングル『Rojo ‐Tierra‐』とオリジナル盤『FIXER』が約20年ぶりにトップ10入りした例もある。
ベスト盤がヒットする条件は、(1)お手ごろな曲単価で、(2)ヒットシングルなど誰もが知っている楽曲がたくさん入っていること。さらに(3)DREAMS COME TRUE『未来予想図II』のようにカラオケで支持される楽曲がたくさん入っていること。またシングルCDを買う習慣のない若い世代に向けて、(4)配信チャートで強い楽曲も求められる。次からはこれら4つの指標と共に、新定番となるだろうベスト盤を紹介する。
(日経エンタテインメント! 伊藤哲郎、ライター 臼井 孝)
[日経エンタテインメント! 2016年3月号の記事を再構成]
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