ボリウッド映画誘致で経済効果、東京ロケの舞台裏編集委員 小林明

ボリウッド映画「タマーシャ」
ボリウッド映画「タマーシャ」

世界最大の映画大国インド――。年間の観客動員数は19億人、制作本数は1966本でどちらも世界一(2014年)。特にムンバイ(旧ボンベイ)を中心に作られるヒンディー語の映画はハリウッドをもじって「ボリウッド映画」と呼ばれ、「マダム・イン・ニューヨーク」「きっと、うまくいく(3 Idiots)」など世界的なヒット作を次々に生み出してきた。いまや世界の俳優長者番付トップ10人のうち3人を「ボリウッド俳優」が占めるなどインド映画の国際的な存在感は高まるばかりだ。


世界一の映画大国、俳優長者10位中3人が「ボリウッド」

こうした状況を踏まえて、世界各国によるインド映画のロケ誘致合戦が激しさを増している。映画を通じて自国の観光資源や文化、歴史を世界に発信し、観光客の増加やインバウンド消費の拡大につなげようとの狙いからだ。やや出遅れ気味の日本でもいくつかのインド映画の誘致に成功するなど、経済効果への期待が高まってきた。

なぜインド映画は海外ロケに力を入れているのか?

どんな国がどのような方法で誘致し、どの程度の経済効果を生んでいるのか?

実際に日本でロケ撮影した関係者はどんな感想を持っているのか?

「ボリウッド映画」の実情や舞台裏を探るため、多数の映画スタジオがひしめくインド最大の経済都市ムンバイに向かった。

1位「PK」5330万ドル(約60億円)、2位「Kick」3658万ドル(約41億円)、3位「Happy New Year」3192万ドル(約36億円)……。これらは2014年に公開されたインド映画の興行収入ランキングである。インドで同年最もヒットしたハリウッド映画「アメイジング・スパイダーマン2」の興行収入1345万ドル(約15億円)さえはるかにしのぐ作品がずらりと続く。「インド映画のヒット作の多くは大規模な海外ロケをするのが定番になっている」と解説するのは映画俳優兼プロデューサーとして活躍するディラジ・カプールさん。

海外ロケが多いワケとは? TV普及の遅れや貧困が成長支える

たとえば1位の「PK」はベルギー、2位の「Kick」はポーランド、「Happy New Year」はアラブ首長国連邦(UAE)のドバイなどで大々的なロケ撮影を敢行している。「互いに競い合うように海外ロケを手掛けているのは、インドの一般大衆が映画に現実や日常からできるだけかけ離れた夢物語やロマンを求める傾向が強いため……。さらにおなじみの人気スターが出演し、派手なアクションシーンや歌や踊りが入り、脚本が面白いことがインドでヒットするための前提条件」とディラジ・カプールさんは指摘する。

家庭へのテレビ普及が遅れたインドでは、家族や友人、恋人と一緒に映画館に行くのがいまでも欠かせない大きな娯楽。2014年のインド国内の映画館は1万1139スクリーンでなお増え続けており、2010年から4年間でインド映画の国内映画館を通じた収益は51%、海外映画館を通じた収益は30%も増えた。こうして国内に根付いた“映画熱”に加えて、海外で働くインド人のコミュニティーなども潜在市場となり、世界でのインド映画の成長を支えているのだ。

誘致したスイス・スペイン・シンガポールで大きな経済効果

そんな勢いに目を付けて、世界の各国・地域・都市が相次いでインド映画のロケ誘致に力を入れている。

インド映画の海外ロケが伝統的に多いのはスイス。もともとはカシミール紛争の激化によりインド北部の風光明媚な山岳地帯での撮影が難しくなり、その代替として1960年代からスイスでのロケが増えていったとされる。

過去20年間に200本以上のインド映画のロケが撮影され、スイスを訪れるインド人観光客の年間宿泊数は1993年の7万1000から2010年の39万3000まで増加(5.5倍)。インド人観光客の1人あたりの1日支出は330ドル(約3万7000円)で平均の192ドル(約2万2000円)を大きく上回っており、貴重な経済効果をもたらしてきた。

さらにスペインやシンガポールも誘致活動を強化。「人生は一度きり(Zindagi Na Milegi Dobara)」(2011年公開)のロケ誘致に成功したスペインでは、(1)撮影費用の付加価値税(18%)の還付(2)66万ドル(約7400万円)以上のタイアップ広告実施――を政府が財政支援し、トマト祭り、牛追い祭り、フラメンコ、スキューバダイビングなどの観光資源を世界に向けてPR。その結果、スペインへのインド人観光客数が2010年の7万5000人から2011年には11万5000人に増えたという。

激しいロケ誘致合戦、欧米・中東・アフリカ・韓国なども参戦

「Krrish(クリッシュ)」(2014年公開)の海外ロケを誘致したシンガポールでも、(1)現地の俳優・スタッフの人件費や機材レンタル料、交通滞在費への助成金(2)撮影に関連する許可手続きの円滑化――を政府が後押ししたことでシンガポールへの年間インド人観光客数が600万人から700万人に一気に増えたという。

このほか、韓国、ニュージーランド、米国、英国、アイルランド、イタリア、チェコ、オマーン、南アフリカなどもインド映画のロケ誘致に積極的に取り組んでいる。13億人もの巨大な人口を抱え、急速な経済発展を遂げる映画大国インドに世界がそそぐ視線は熱い。

日本は出遅れ気味、政府が「コンテンツ特区」で誘致支援

ボリウッド映画「Tamasha(タマーシャ)」 旅行先の仏コルシカ島で出会ったインド人の男女のラブストーリー。東京ロケシーン(富士山・秋葉原・新宿・丸の内など)も登場。女優ディーピカ・パドゥコーンと俳優ランビール・カプールが音楽と踊りを交えながらストーリーを展開。2015年11月27日公開。インドのほか北米、欧州、中東、豪州などでも配給し、興行収入は約18億円。観客動員数750万人超。(ヒンディー語、139分)

一方、日本では政府が海外の映画やテレビドラマのロケ誘致を後押しする「コンテンツ特区」制度を導入しているが、「誘致はこれからが本番」というのが実情。とはいえ、すでに官民それぞれのレベルでいくつかの誘致が実現しつつある。

2015年に公開したボリウッド映画「タマーシャ(Tamasha)」もその一例。仏コルシカ島で出会ったインド人男女のラブストーリー。ディーピカ・パドゥコーン(女優)とランビール・カプール(男優)の超人気スターコンビを主役に据え、制作費に960万ドル(約11億円)を投じた話題作。主な舞台はコルシカとインドだが、終盤に2人が東京で再会するという筋書きで日本のロケシーン(富士山、秋葉原、渋谷、新宿、丸の内、外堀通りなど)が登場する。

ロケ撮影は昨年4月6~8日の3日間。約30人のインド人スタッフが来日し、松竹の日本人スタッフとの共同作業でロケ撮影に臨んだ。

作品はインドのほか、北米、欧州、中東、豪州などでも公開され、興行収入約18億円、観客動員数750万人超に達するヒット作になったという。

国際会議が開催された東京で2人は再会する。丸の内の「国際フォーラム」
ディーピカ・パドゥコーン(右)とランビール・カプールはインドを代表する超人気スター。西新宿の高層ビル街

東京・秋葉原。世界最大の電気街は日本の象徴。ネオンがきらめく夜の町並みを鮮やかに撮影
渋谷のスクランブル交差点は、いまや外国人には必見の観光スポット

インド映画「タマーシャ」、東京ロケを決めたワケとは……

なぜロケ先に日本を選んだのか?

東京での撮影中、困難はなかったのか?

「タマーシャ」を監督したイムティアズ・アリさんがムンバイ市内の自宅で単独インタビューに応じてくれた。恋愛映画で数々のヒットを飛ばしてきたボリウッド屈指の売れっ子監督。日本のメディアの取材を受けるのは今回が初めてだという。

映画監督、イムティアズ・アリ インド北西部・ジャムシェドプール生まれ。2005年に映画監督デビュー。「Jab We Met」「Love Aaj Kal」「Rockstar」など恋愛映画の名手として知られる。2014年公開の「Highway」はベルリン国際映画祭出品作品。44歳。

場所は映画関係者が多く住む市内北部アンデリー・ウェストの閑静な高級マンションの一室。

黒いカーリーヘア。筋肉質の野性的な風貌。黒いTシャツにデニムというラフな格好で現れたイムティアズ・アリ監督は紅茶を入れながら、こちらの質問に気さくに答えてくれた(一問一答は以下の通り)。

非日常を求める観客、日本はさらに遠い異国

――「タマーシャ」の主要な舞台は仏コルシカ島とインド。なぜそこにあえて日本のロケシーンを加えたのか。

「なぜなら日常ではあり得ないような設定が作品にもっと欲しかったから。まずコルシカ島でインド人の男女が偶然出会うなんて現実にはほとんどあり得ない話。でも非日常を求めるインドの観衆はそんな作品を楽しみ、つかの間の空想の旅に出掛けようとする。だから、映画の終盤に2人が再会する重要な場面で、さらに遠い異国の舞台が必要だった。それが日本だった」

――一般的なインド人にとって日本とはどんなイメージの国なのか。

「近代的な経済大国で、高層ビルがあり、コンクリートに囲まれた近代都市。これが一般のインド人が抱く日本のイメージ。でも日本は決して身近な国ではない。中国はインド人にとって国境を接した隣国だが、日本はそれよりもはるかに遠い国。日本に行けるのは経済的に成功した、ごく限られた人だけだというイメージが強い。いつかは日本に行ってみたいという夢を多くのインド人が持っている」

成功して日本に行くのが夢、ロケ地はシンガポール・香港・クアラルンプールと競合

――日本でのロケ撮影でなにか困難に直面したことはあったか。

「松竹による現場でのサポートがあったので特に大きな困難はなかった。実は内々に日本以外にも別のロケ地候補を検討していた。シンガポール、クアラルンプール、香港などがそう。だが現地のパートナーとの交渉がうまく進まなかったので、最終的に日本に決めた。インド映画では日本ロケはあまり多くないが、結果的には良い選択だったと思っている」

――なぜインド映画には日本ロケが少ないのか。

「コストや言葉、文化の違いなどがあるからではないか。だがしっかりしたパートナーと組めば心配はないと思う。唯一心配だったのはコスト。日本での撮影コストは他国よりもかなり割高だろうと予想していたが、撮影日数を3日間に抑えたこともあり、それほど高くならずに済んだのは意外な驚きだった。初来日だったが、下見で撮影の明確なイメージを固めることができたので不安は感じなかった」

渡航先としての日本は欧米の次、「コスト」「公的支援」がカギ

――インド人観光客の渡航先として日本は魅力的だと思うか。

「魅力は十分にある。だが多くのインド人にとって、海外旅行の最初の渡航先は欧州か米国だろう。むしろ欧米文化に触れてから来日した方が、洗練された日本の文化は理解しやすいのではないか。インドは人口が多いので、たとえ限られた人が来日しただけでも経済効果は想像以上に大きい」

東京・有楽町のガード下の焼き鳥店で日本人スタッフと食事。左端がイムティアズ・アリ監督

「映画が一般大衆に与える影響は強力だ。今後、世界各国のロケ誘致合戦はさらに激しくなると思うが、日本を舞台にしたインド映画が世界でもヒットすれば、経済効果は飛躍的に高まる。ほかの国や地域、都市と同じように日本の政府や自治体がもっと撮影に協力してもらえると心強い。コストや公的支援が大きなカギになると思う」

――日本滞在中、プライベートではどう過ごしたか。

「これまで欧米、中東などを中心に20~30カ国を旅行してきたが、私は特に食文化に興味を持っている。来日して初めて食べたすき焼きがおいしかった。海外旅行中なら私は牛肉も普通に食べる。日本の居酒屋もとても気に入った。人によって嗜好は様々に異なるが、日本でのファッションや電気製品の買い物もインド人にとっては大きな魅力になるのではないか」

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