音楽劇「赤い竜と土の旅人」 「断絶」の痛み見つめる
舞台芸術集団「地下空港」の音楽劇「赤い竜と土の旅人」は英国・ウェールズ国旗に使われている赤い竜の神話をモチーフにしている。「地下空港」を主宰する伊藤靖朗による15回目の公演。美しいウェールズと福島原子力発電所の事故後の日本を見つめる比喩的な作品に仕上がっている。
2013年、ウェールズ国立劇場が日本人の若手アーティストを招へいするプログラム「ウェールズラボ」へ応募したのが今回の劇を制作するきっかけとなった。「地下空港」は国内70組から選ばれ、伊藤らが14年8月に現地に渡った。
「当初はどういうテーマで応募しようか、悩んだ」。伊藤は静かに話し始めた。まず、新しい原発をウェールズに作ろうとしている事実を知る。それに国旗に書かれた赤い竜の伝説。この二つのテーマについて、現地で調査した。実際に原発を建設する会社の人から話を聞いたり、原発反対派の人に話を聞いたりした。現地の歴史愛好家に会った時には「赤い竜」の神話の一節を即興演劇してくれたという。
ウェールズでも、原発の是非を巡って人々の断絶が生み出されていた。伊藤は様々な立場の人と話すなかで、お互いに人間としての幸せを求める人々なのに理解し合うのが難しいのを痛感する。「日本国内でも大きい問題で(原発事故後の)収束もなかなかできない。なにがどういうふうに起こっているのかもなかなか把握できない」
原発の担当者が話した言葉が伊藤の耳に残った。「わたしたちはフクシマをグッドレッスンにして絶対に事故の起こらない安全な施設を作る」。「グッドレッスン」……。「日本国内ですら、まだ何が起こったのか、多岐にわたる問題を把握することが難しいなかで何を学ぶことができるのか」と強く思った。見てきた、体験してきた現実が異なるため、同じ言葉で話していても理解するのが難しい――。もどかしさを感じつつも、伊藤の頭の中で、劇のイメージが固まっていった。
「断絶の間を埋めるものを作れないだろうか」というのが根本的な願いだ。原発事故で知った現実や恐怖。その後、人々はどういうふうに生きているのか。「疑似的にはなるが、寓話(ぐうわ)を通じて体験そのものを伝えていかければならない」
「政治的主張ではなく、体験を伝えたい」。伊藤はあえて演劇で表現する意図を強調する。シェアしたいのは体験であり、人々の心のありようだ。この劇が人々の間の断絶を埋める土のようなものになってほしい。「共感する機会を作るのが一番大事なのかな。(福島では)まだ故郷に帰れない方々がたくさんいる。どれだけつらいか、どんな気持ちか。この思いをわたしたちカンパニーが演劇で引き受ける。気持ちをお客様とシェアしたい」
「赤い竜と土の旅人」は3月3~13日、東京都墨田区のすみだパークスタジオ倉で公演。出演には若手ミュージカル俳優の村田慶介(「ミュージカル李香蘭」2015年版 王玉林役)や、地下空港の所属女優・田代絵麻(東宝「RENT」2012年に出演)、劇団スタジオライフの鈴木智久など実力派俳優が並ぶ。日本だけでなくウェールズの人にも見てもらいたいという思いからネットで動画配信する。資金はクラウドファンディングで募った。3月12日午後7時からユーストリームで無料配信される。(敬称略)
(村野孝直)
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