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転ばぬ先の不動産学

マイホームの予算を決める=人生の目的が見えてくる 不動産コンサルタント 田中歩

2016/3/2

 理想の恋人に出会うと、後先を顧みずに一直線に突き進んでしまう――。それと同じことが、家を買おうとするときに、しばしば起こります。気に入った家に出合ってしまうと「何としてでも自分のものにしたい」「もう二度とこんな物件には出合えない」と思い込み、身の丈に合わない住宅ローンを申し込んでしまう方を見かけます。

■人生三大資金の一つ

 ところで、人生の三大資金という言葉をご存じでしょうか?

 人生において、最も大きな支出は「住宅取得資金」「教育資金」「老後資金」です。一生のうちで稼ぐことができる金額がある程度決まっているとすれば、その枠の中で、それぞれの支出バランスを慎重に考えなければなりません。

 筆者のところにご相談にいらっしゃるお客様には、必ずこの「三大資金」のお話をしながら、人生の設計図を考えていただくことにしています。この設計図から、どんな暮らし、どんな人生を送りたいのかを、自らしっかり考えていただこうというわけです。

 筆者は、今後の急激な人口減少と高齢化、国の財政問題などに鑑み、三大資金のうち老後資金をまず見つめてもらうことにしています。

 老後資金はその方の現役時代の収入や消費性向だけでなく、ご家族構成などによって大きく異なります。まずは一般的な例を使って、老後の支出と収入を見ていくことにしましょう。

■老後支出はなんと7000万円超に!?

 生活パターンは人それぞれではありますが、総務省「家計調査報告(家計収支編)2015年平均」によると、平均的な高齢者夫婦無職世帯(夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯)の消費支出と非消費支出(直接税と社会保険料)の合計額は月約27万6000円となっています。

 仮に、夫婦ともに65歳とすると、夫の平均余命は19年、妻の平均余命は24年程度です。夫が先立った後の支出が4分の3になるとすると、65歳以降の支出総額は約7530万円となります(27万6000円×12カ月×19年+27万6000円×4分の3×12カ月×5年)。

 この支出を支えるのは、退職金(退職一時金と退職年金)と公的年金です。

 厚生労働省の調査によると、退職金は夫が大卒で35年超勤務した場合、2500万円程度(企業年金も含む)です。公的年金は平均で、基礎年金5万5000円、厚生年金9万1000円となっています。夫が他界した後の厚生遺族年金は夫の厚生年金の4分の3だとすると約6万8000円となります。

 従って、公的年金の総収入は、夫が約3330万円((5万5000円+9万1000万円)×12カ月×夫の平均余命19年)、妻が約2000万円(5万5000円×12カ月×妻の平均余命24年+6万8000円×12カ月×夫が先立った後の妻の平均余命5年)、合計で約5330万円になります。

 退職金と合わせると7830万円で、老後収入のほうが300万円ほど多いという結果になっています。

■退職金に頼らない住宅ローン返済計画

 こう見ると、65歳以降に給与収入などがなくても、なんとか暮らしてはいけそうです。しかし仮に、住宅ローンの完済に退職金を充てようと考えているとするなら、それは極めて危険な計画だということがわかると思います。

 さらに、老後生活には病気や介護などの費用、住宅のリフォームや修繕費用なども発生します。また、公的年金の支給開始年齢が現在同様65歳のままだったとしても、60歳以降の給料は現役時代の半分程度になってしまう企業が多く、その減少分をどうやって補うのかという課題もあります。

 急速な高齢化の進展によって、公的年金の支給開始年齢が5年、10年後ろ倒しにならないとも限りません。ゆとりある老後生活を望むのであれば、現役時代に一定の貯蓄をしておいたほうがよさそうです。

 このように将来を見据えた上で、いかに家計をやりくりしながら、住宅資金と教育資金の割り振りを考えるかということが、次のポイントになります。

■住宅資金はローン返済だけではない

 教育費は、お子様の人数によっても異なりますし、私立なのか公立なのか、理系か文系かによっても変わってきます。文部科学省の14年度「子供の学習費調査」などによると、幼稚園から大学まですべて国公立だった場合でも総額で780万円程度、すべて私立ならば2300万円程度かかります。

 こうしたことを踏まえながら、住宅にかかる支出を定年までに(できれば給料が下がる前の60歳までに)にどの程度支払うことができるのかを考えるわけです。

 住宅資金の中には、住宅ローンの返済だけでなく、毎年支払わなければならない固定資産税や都市計画税、マンションならば管理費や修繕積立金、駐車場使用料なども含まれます。

 一戸建てなら修繕積立金がかからないとお考えの方もいるかもしれませんが、修繕をしないままだと建物はどんどん劣化していき、やむなく修繕せざるを得なくなったときには思わぬ支出が発生することもあります。ですから、新築時の建物価格に対して、年間1%程度の修繕費をためておく必要があります。

 この準備があれば、10年に1回程度必要とされる屋根や外壁の修繕が確実に実施でき、結果として建物の価値が下がりにくくなります。長い目でみれば修繕費が最も低く抑えられるのです。

 今後、こうした維持管理ができている建物については、その価値を金融機関が適正に評価できる仕組みをつくろうという動きもあります。ここまできちんとできれば、安心できる住宅購入の予算を立てることができます。

■家の予算を考えることで得られる価値

 こうした話を聞かされると、なんだか切なくなってくるという読者の方もいらっしゃると思います。しかし、住宅購入予算を考えるというのは、お金のことだけを考えることではありません。お金という一定の制限はあるけれど、その制限の中で自分がどんな暮らしをしたいのか、どんな人生を送りたいのかを、冷静に見つめることができるいい機会ともいえます。

 お客様の中には、家を買う決断をするまでの過程で自分の人生の目的を明確にすることができ、会社を辞めた後にリスクの少ない社会起業ができるよう夫婦で準備を始めることを決めた方もいます。地域とのつながりを大事にした暮らしを目指すために、今まで疎遠だった地域活動に参加するようになった方もいます。

 制限がない人生はつまらない。制限があるからこそ人生は面白い。そう思うと、家を買うというのはこうしたすてきなチャンスを与えてくれるステージでもあるかもしれません。

田中歩(たなか・あゆみ) 1991年三菱信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)入行。企業不動産・相続不動産コンサルティングなどを切り口に不動産売買・活用・ファイナンスなどの業務に17年間従事。その後独立し、ライフシミュレーション付き住宅購入サポート、ホームインスペクション付き住宅売買コンサルティング仲介など、ユーザー目線のサービスを提供。2014年11月から「さくら事務所(http://sakurajimusyo.com/)」執行役員として、総合不動産コンサルティング事業の企画運営を担う。3月26日(土)、不動産の売却予定がある人を対象に、売却における「良い(悪い)戦略」構築のためのセミナーを開催します。詳細は(http://www.sakurajimusyo.com/seminar6668)へ。

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