──2016年の米国株式市場をどう展望していますか。年初にはダウ工業株30種平均やS&P500種株価指数で15年末から10%の上昇が見込めると強気の見通しでしたが。
確かにそうだった。だが、それは原油とコモディティー(商品)の価格の安定を前提としたものだ。予想に反し、原油やコモディティーの価格は下がり続けている。これは、米国に本拠を置いている多くのエネルギーや素材、エンジニアリング分野の企業に破壊的な影響を及ぼす。
1月に起きた世界的な株安の原因は幾つかあるが、最大の原因は原油価格の急落だと見ている。次に影響が大きいのは、中国が人民元を切り下げることだ。そうなれば、世界的にデフレ圧力が高まり、株式市場は下落する。
16年後半には米株式市場は持ち直す可能性が非常に高いと考えているが、それには原油価格やコモディティーの価格、そして中国経済の安定が欠かせない。だが既に15年末から大幅に下がっているので、それを挽回して(ダウ工業株30種平均やS&P500種株価指数が15年末比で)10%上昇するのは不可能ではないが、困難だ。
原油価格はすぐ回復しない
──ドル高の影響はどうでしょう。米国の輸出企業の収益力は弱まるはずです。
既にドル高によって大きな影響を受けている。しかし、米国は雇用が増えて失業が大きく減っている。他国の景気回復をサポートするためにも、ドル高による自国の輸出の減少は甘受すべきだ。
もちろんドルが急激に高くなり輸出が著しく減少するなら、米連邦準備理事会(FRB)は利上げについて慎重になる必要がある。
──ドル高はさらに進みますか。
中国や他の新興国の通貨に対してはそうだろう。一方、ユーロに対しては安くなってきている。欧州の景気回復は本物かどうかが問われる。恐らく、欧州中央銀行(ECB)は16年夏まではさらなる量的緩和には踏み切らないだろう。日本は一段の円安を求めて、追加緩和策を講じる可能性がある。新興国はコモディティー次第。コモディティーの価格が下がり続ける限り、新興国経済は安定しない。
──原油価格についてはどの水準が望ましいのでしょう。
1バレル50~60ドルだ。その水準であれば、米国のエネルギー関連産業の多くは高い利益を上げられ、収益環境は安定する。1バレル30ドルでは、シェール企業は赤字に陥る。株式市場や債券市場にとっても打撃だ。
──16年中に原油価格は1バレル50ドル以上に上がりますか。
そうはならないだろう。2~3年はかかるのではないか。
強気の相場観は維持
──さまざまな懸念材料がありますが、それでも米株式市場の先行きには依然として強気ですか。
そうだ。というのも米株式市場の平均PER(株価収益率)が、そう考えるのが妥当な水準にとどまっているからだ。長期の平均値よりいささか高い水準にあるが、金利が非常に低いことを考慮すると、現在の平均PERは決して高くはない。米株式市場の株価は上振れする可能性が高いと感じている。
──FRBは年内に何回利上げすると見ていますか。
恐らく1回だ。人民元の切り下げがあってデフレ圧力が強まるなど、状況が悪化すれば、利上げをしないかもしれない。それどころか再び利下げし、政策金利を15年12月に利上げする前の0.25%に戻すこともあり得る。そうしたことにはならないよう願っている。米国経済が失速しているわけではないのだから。
──これまで指摘していただいた以外に、米国経済や米株式市場にマイナスの影響を与えるものは。
幾つかある。まずテロの脅威だ。パリで起きた同時多発テロは観光に打撃となった。感染症の脅威もある。ジカ熱の流行で、既に多くの人々が南米への渡航をキャンセルしている。
16年11月には米大統領選もある。現時点では、民主党と共和党の大統領候補として誰が指名されるか不透明だ。私自身は民主党ではヒラリー・クリントン、共和党ではマルコ・ルビオがベストだと思っているが、どうなるか。
──米国のハイイールド債券の見通しはどうですか。
ハイイールド債の問題はエネルギーセクターに限定されている。他のセクターに問題はない。原油価格が現状のままなら、幾つかのエネルギー企業は破綻するだろう。それらの企業に直接投資した人は打撃を被るが、銀行にまで大きな影響が及ぶことはない。
エネルギーセクターだけが問題なので、総じて見れば、ハイイールド債に投資すれば1年後には十分な利益を得られるだろう。
──REIT(不動産投資信託)の見通しは?
REITに最も影響を与えるのは金利だ。低金利が続くので、REITの価格が大きく下落するとは思えない。過去に比べて高くはなっているが、現状の金利に照らして見れば妥当な水準だろう。
もちろん景気が後退すれば、他のものと同様にREITの価格も下がる。だが、16年中に米国の景気が後退するとは考えていない。失業率が低く、米国の労働市場は非常に良好な状態にあるからだ。
もちろん、海外で大きな変化があれば世界経済はショックを受けるだろう。だが、FRBには打つ手がある。利上げによってゼロ金利から脱却しているからだ。だから再び金利を下げられるし、多くの選択肢がある。中国や他の地域を震源に波乱が生じても、FRBは景気後退を防ぐために強い影響力を行使することが可能だ。
金融危機の再来はない
──16年に再び金融危機が起きると予想する人もいます。
私はそうは思わない。08年の金融危機は、サブプライムローンの債券をメジャーな投資銀行が購入したことから起きた。そうした債券絡みの問題はない。銀行はエネルギー関連の債券を多く保有していないからだ。銀行が破綻する事態は起きず、08年のような金融危機が16年に発生することはない。
──新興国の企業や公的機関は米ドルで低利の融資を受け、その資金を自国の金融商品の購入などに投じています。こうして新興国の企業などが抱えた債務は、自国通貨の下落によってさらに膨らんでいます。
その通りだ。債務が積み上がったことで新興国の通貨は下落している。特に、コモディティーの価格下落に直面している資源国の状況は深刻だ。しかし、コモディティー価格の下落が定着しない限り、金融危機には発展しない。新興国市場に投資した人も将来には報われるだろう。
1997年に起きたアジア通貨危機と今とは状況が異なっている。あの時はタイやインドネシアなどの通貨は5割減や6割減というように、かなり激しく下落した。だが、現在の新興国通貨の下落率は最大でも20%くらいで収まっている。
基本的には新興国の通貨は上がり過ぎていた。それが今、市場によって是正されている。ただし、唯一の例外がある。(中国政府が管理している)人民元だ。国際通貨基金(IMF)はSDR(特別引き出し権)の構成通貨に、市場において価格が決まらない人民元を組み入れるべきではなかった。あれはIMFの失態だ。
──米国など海外の株式市場に投資しようとしている日本人の投資家へアドバイスはありますか。
私はアベノミクスの大ファンだ。(日本の株式市場の平均)PERは非常にリーズナブルな水準にある。日本は、過去2~3年の間に株価の上昇率と同じくらいの率で上場企業が利益を増加させてきた、数少ない主要国の一つだ。
収益力の高い日本企業には多くの価値がある。金利がゼロに近いことを考慮すれば、株価の上昇によって積極的な投資家が報われてしかるべきだ。長期的に米国と日本の株式市場には投資する価値がある。
(日経マネー 中野目純一)
[日経マネー2016年4月号の記事を再構成]