現代詩・電子音が混交 異形のポップス、人生浮き彫り
音楽ユニット ASA-CHANG&巡礼
パーカッション奏者のASA-CHANG(アサチャン)こと朝倉弘一(写真(中))を中心にした音楽ユニット。電子音や民族音楽、現代詩などが混然となった楽曲は実験的とも評されるが、メランコリックで人の心の隙間にするすると入り込む。いかめしい現代音楽ではなく、喜怒哀楽が詰まった異形のポップスだ。
すみません えっと お お おお お――。3月2日に出る新作アルバム「まほう」のタイトル曲は、きつ音に悩む女子高生が学校で自己紹介できずに立ちすくむ場面を歌詞にしている。人気漫画家、押見修造の短編「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」のセリフから引用した。
「気持ちを伝えたいのにうまくしゃべれない。そんなもどかしさをリズムに転化したいと考えた」と作詞作曲を手がけたASA-CHANGは明かす。切なく優しいメロディーの電子音に乗せて、とつとつとした歌声とセリフが重なる。
文節をさらに細かくした言葉の断片は普通は歌詞にしにくい。しかし、この曲ではぎこちなさが定型のリズムとは違う独特のアクセントとなり聴き手の心に刻まれる。現代は他者とのコミュニケーションに悩む人が多い。誰もが奥底に抱える葛藤をえぐり出し、包み込んでくれるような曲だ。
「僕はシンガー・ソングライターのような個人的な感情を書くメンタリティーがない。音楽以外から刺激を受けたり、風景をスケッチしたりして作る」とASA-CHANG。「告白」はライブで共演した映像作家、勅使河原一雅のプロフィルをそのまま歌詞にした。「離婚した。子供を引き取った。子供を育てる。沢山(たくさん)のものをつくりたい」と締め、人生を織りなす哀感と希望を浮き彫りにする。
「15年くらい前の曲『花』を演劇や舞踏などパフォーミングアーツの人から、舞台で使わせてほしいとよく言われた。公演を見に行くうち、いろんな人と知り合い漫画や書道、映画などとのコラボが増えてきた」と振り返る。昨年7月に20歳の若さで急逝した作曲家、椎名もたとの共作「行間に花ひとつ」も幅広い交流から生まれた楽曲だ。
椎名が生前パソコンに残した歌を編集し、伴奏を付けて完成させた。歌声合成ソフト「ボーカロイド」で曲を作っていた椎名とは一度だけ同じ舞台に立った。「自分とは対極の世界なのに共感した。いつか一緒に演奏する予感があり、こんな形で実現した」
一時はソロユニットだったが、今作から新メンバーとしてサックスなどの後関好宏、バイオリンの須原杏(あんず)を迎えた。「前はドロドロの墨汁だったのが、2人が入ってパステルのようにカラフルになった」と笑う。
「僕は既存の様式の中で創作するんじゃなく、一から作りたいタイプ。家を建てるなら瓦から焼きたい」という。郷里が被災した東日本大震災後、音楽が「絆」といった言葉で一つにくくられていくのに違和感を覚えた。「ポップスにも喜びだけでなく、悲しみや怒りがある。僕の音楽はレクイエムのようだと言われるけれど、鎮魂の願いもポップスとして聴かせたい」と力を込める。
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故郷の念仏踊り、毎年参加
ASA-CHANGは東日本大震災が起きた2011年から、故郷福島県いわき市の伝統芸能「じゃんがら念仏踊り」に参加し続けている。「音楽家というよりも、1人の人間として亡くなった方に手を合わせたい」との思いからだ。
毎年8月13~15日に新盆の民家や寺を回り、太鼓や鉦(かね)をたたいて、踊りと歌で亡くなった人を弔う。地元の上高久青年会に加わり、3日間各戸を回る。「僕が一番の新参者。暑い盛りで体力的にきつい。周りから『朝倉さん、もうちょっとできる人だと思ってたのに』と冷やかされる」と苦笑する。
市の無形民俗文化財だが、県内でも知らない人が多い。「地元に溶け込んで日常の一部として機能しているが故に観光資源になっていない。日本の民俗芸能の中でも独特な形式で似た例がない。むしろ朝鮮半島に伝わるチャンゴ(太鼓)などを使った祭礼に似ている」という。
(大阪・文化担当 多田明)
[日本経済新聞夕刊2016年2月24日付]
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