香り選び、知性くすぐる 世界観・重ね方…専門店で
複雑さ魅力 豊かな物語、男心も刺激
2015年10月、グランドハイアット東京(東京・港)にブエノスアイレス発の高級フレグランス「フェギア 1833」の専門店が開業した。照明を落とした店内はタンゴが流れ、高級バーのような趣。小さなフラスコをかぶった香水瓶がギッシリ並ぶ。フラスコには各瓶の香水が吹き付けられ、客はそれを一つ一つ取り上げ、香りをきく。
創業者は調香師の鬼才、ブエノスアイレス生まれのジュリアン・ベデル氏だ。香りのベースはパタゴニアなど南米で採取した植物エッセンス。31種類のオードパルファム(30ミリリットル税別1万2000円など)には100種類以上の原料を使う。
商品名はスペイン語。名前の背景と香りのイメージが一致する。「ミシオネス」はイグアスの滝がある地方名で、水しぶきのようなレモンの香りにナツメグがアクセントを添える。「ビブリオテッカ・デ・バベル」はバベルの図書館という意味。アルゼンチンの詩人、ボルヘスの作品にちなむ。古書を開いた時に立ち上る紙やインクの匂いのようにスモーキーで甘さと渋さが漂う。
ブランド名のフェギアは探検船ビーグル号の航海でダーウィンに同行したアルゼンチンの少女の名前だ。ベデル氏の香水づくりは「香りは物語、旅、文化であるというコンセプトから成り立っている」と、同ブランドを輸入販売するびこう社(東京・港)の春薗美樹氏は話す。来店客は手書き文字の香水名や、ひとくせある香りに想像力をかきたてられて時間を忘れる。男性客が非常に多い。
大のウイスキー好きという都内の会社員(56)は妻のプレゼントでフェギアを知った。「ラムや樽(たる)香のする香りが好き」。販売員に教えられ、手の甲に香水を付けておき、ウイスキーの香りと交互に楽しむ。「香水名が表す複雑な香りをひもといていくのも楽しい」
「フレグランス・コンバイニング(重ね着け)」というコンセプトを提案してきたのが英ブランド「ジョー・マローン ロンドン」。日本でも香水文化が成熟してきたとみて、店舗を増やしている。
香りを重ねることで、爽やかな雰囲気に色っぽさを加味したりもできる。上半身と下半身に別々の香りを付けるような楽しみ方も提案。ボディークリームとコロンを別の香りにするのも重ね着けだ。こうした香水以外のアイテムも増やしている。
30種類弱(30ミリリットル税別7700円など)あるコロンの原料はフランキンセンス(乳香)、ミモザといった希少性の高い花、果実やスパイス。「食卓に置かれているものばかりだから食事時も邪魔しないし、重ね着けしても不快にならない」。ボトルには小さなカードが添えられ、重ねやすい香りが明記されている。
東京・丸の内の店ではハンドマッサージなどもあり、贈り物選びの際は販売員がカウンセリングする。「男性は香りのストーリーを知りたがり、選ぶのに1~2時間かける人もいる」
東京ミッドタウン(東京・港)に15年開店した英国ブランド「バンフォード」はオーガニック成分にこだわったバス&ボディー商品を展開する。香りのベースはジャスミン、ローズ、ゼラニウム、ボタニックの4種。併設のスパでこれら製品を使った施術も受けられる。
ブランドを立ち上げたのは英国貴族階級出身のキャロル・バンフォード氏。オーガニック食材店やカフェなどを手掛けた後に、ボディーケアに着目した。「彼女自身が世界中を飛び回る働く女性。女性がアクティブな気分に切り替える上で香りは重要」と同ブランドを展開するピューリティ(東京・港)。
香り、つまり嗅覚は五感のうち記憶と最も強く結びついているとされる。世界のホテルや商業施設は「香りのデザイン」を重視していると、びこう社の浦岡逞社長。個性的な香りは異性や仕事相手に自分の存在を強く印象づける素材ともなる。
ルームフレグランスやアロマキャンドルの普及で海外の香りへの親近感は高まった。日本には香道もあり、平安時代から香りを重ねる文化が根付いている。その高い感度が、いずれグローバル基準の新たな香りの調合をなし遂げるかもしれない。
(企業報道部次長 松本和佳)
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