日銀の北風政策は的外れ 経済の地力強化こそ(加藤出)東短リサーチ社長チーフエコノミスト

2016/2/28

カリスマの直言

「若い世代が多い国であれば、金利低下は消費や住宅購入を刺激する効果を持つ。しかし、日本のような高齢化社会では、借金する人が少ないため、プラス面の効果は限られてしまう」

「北風と太陽」。古代ギリシャ時代から伝えられているイソップ寓話(ぐうわ)のひとつだが、日銀が開始したマイナス金利政策は、その話に登場する北風に似ている。岩波文庫版の「イソップ寓話集」(中務哲郎訳)から概略を紹介してみよう。

北風と太陽が言い争いになった。どちらが強いか、道行く男性の服を脱がせた方を勝ちとする勝負が行われた。まずは北風が強い風を吹かせた。しかし、男はかえってしっかりと着物を押さえこんでしまった。北風はさらに勢いを強めた。だが、男は「寒さに参れば参るほど重ねて服を着こむばかり」だったので、北風は疲れ果ててしまった。続いて、太陽が徐々に男を照らしていったら、彼は徐々に服を脱ぎ始め、最後は素っ裸になって川に水浴びに行った。

北風の完敗となったわけだが、この寓話は、人は筋違いの強制では思うように動いてくれない、という教訓を示唆している。

2013年4月から開始された量的・質的緩和策(QQE)により、日銀は、銀行間の短期金利をゼロ%近辺に維持しつつ、空前の勢いで国債を大量購入して長期金利を押し下げてきた。安全資産の利回りを大幅に低下させるという”北風”を吹かせることで、家計、企業、銀行、機関投資家に株式や外貨建て証券などのリスク資産へ投資させたり、あるいは消費や設備投資へ向かわせたり、といったことを日銀は促してきた。

猛烈な国債購入により日銀の資産総額の経済規模(名目国内総生産=GDP)比は、昨年末時点で70%台後半に達した。大胆な金融緩和策を行ってきた米連邦準備理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)でもその比率は20%台でしかない。

しかし、これほどの緩和策を行ってきたのに、消費、賃上げ、国内の設備投資は加速しない。15年10~12月期の実質GDPはマイナス成長だった。QQEが招いた円安により食品、日用品、家電などのインフレ率は顕著に上昇した。しかし、それは生活コストの上昇につながるため、他の消費が圧迫され、全体として消費は活性化しない、という状況を我々は目の当たりにした。

そういった中、国際的な金融市場の混乱により、年初から日経平均は急落し、円レートは急騰した。その動きに対抗しようと日銀は1月29日に、さらに強烈な”北風”であるマイナス金利政策の導入を決定した。しかも、その日の声明文には、マイナス金利のさらなる引き下げを含む今後の追加緩和策への意欲が、繰り返し何度も強調されていた。

すでに同政策を導入している欧州では個人預金がマイナス金利になったケースは例外的であり、日本でも実際にそうなる事例はほとんどないだろう。しかし、通貨の名目価値が今後減少していくことをイメージさせた日銀の情報発信は、人々を勇気づけるのではなく、逆に不安にさせてしまったようだ。

若い世代が多い人口ピラミッドの国であれば、金利低下は消費や住宅購入を刺激する効果を持つ。しかし、日本のように高齢化した社会では、借金する人が少ないため、金利引き下げのプラス面の効果は限られてしまう。

また、人口減少に伴う国内消費市場の縮小を懸念する日本企業は、資金を借りてまで国内に投資しようとはあまりしない。対照的に、人口が増加しているアメリカの場合は、国内の消費市場を攻略するために多くの企業が積極的に商品開発を行っている。ベビーブーマー世代を人口で2割以上上回る、ミレニアル世代(1980~2000年ごろに生まれた、ベビーブーマーの子供たち)の消費が台頭してきたからである。彼らの巨大な消費の需要は企業にとって魅力的なので、おのずと投資は行われる。対照的に、同じ年齢層を比べると日本は人口が15%も減少している。

国内の市場が縮小していくなら、海外で日本企業が稼ぐことが重要となる。しかし、経済産業省の15年版「通商白書」で日本企業の競争力を分析した鈴木英夫氏によると、「多くの分野でドイツなどと比べて輸出競争力が弱く、国際事業の売上成長率や利益率などの指標についても外国企業に比べて劣っているとの深刻な結果が出た」(「新覇権国家中国×TPP日米同盟」=朝日新聞出版)という。そういった状況で日銀が超低金利政策で預金者に鞭(むち)を打って株式投資を促しても、投資したくなる銘柄があまりない、といった事態が起き得る。

日銀が“北風”を強く吹かせるだけでは人々は前向きな気持ちにならない。政府は人口問題に取り組みつつ、日本企業もイノベーション力を高め、官民一体となって日本経済の地力(潜在成長率)を高めていく構造改革を同時に行っていく必要がある。

加藤 出(かとう・いずる) 1965年生まれ。88年3月横浜国立大学経済学部卒、同年4月東京短資(株)入社。短期市場のブローカーとエコノミストを兼務後、2002年2月に東短リサーチ(株)取締役、13年2月より現職。マーケットの現場の視点から日銀、FRB、ECB、中国人民銀行などの金融政策を分析している。07~09年度に東京理科大学、中央大学で非常勤講師。主な著書に「日銀は死んだのか?」(日本経済新聞社、01年)、「バーナンキのFRB」(ダイヤモンド社、共著、06年)、「東京マネーマーケット」(有斐閣、共著、02年、09年)、「日銀、『出口』なし!」(朝日新聞出版、14年)など。
近づくキャッシュレス社会
ビジネスパーソンの住まいと暮らし