ライフコラム

一条真也の人生の修め方

カースト制度の残るインドで最大の平等を知る

2016/3/1

 先日、生まれて初めてインドに行ってきました。よく「インドに行くと人生観が変わる」という人がいますが、たしかにインパクト大でした。今回は、聖なるガンジス川をはじめ、サルナート、ブッダガヤ、ラージギルなどの仏教聖地を回りました。言うまでもなく、世界宗教である仏教の布教ルートを追いながら、偉大なるブッダの教えを振り返りました。

 その一方で、毎日膨大な数の物乞いの人々と接し、まざまざと思い知ったことがあります。それはブッダがあれほど絶滅させようとしたカースト制度が今も根強く残っていることでした。カースト制度とは、バラモン教によってつくられ、ヒンズー教に受け継がれた身分制度です。大きくは、バラモン(司祭階級)、クシャトリア(王侯・武士階級)、バイシャ(庶民階級)、シュードラ(隷属民)の4つに分けられます。しかし、シュードラの下には、カーストにも組み込まれないアウトカースト(不可触民)が存在します。

 カースト制度はさらに数百の身分、職業などに分けられています。現在は憲法で禁じられていますが、その風習は根強く残っています。ブッダはこのカースト制度に反対して、あらゆるものの「平等」をめざし、仏教を開いたのです。しかし、残念ながらブッダの志は現在も果たされていません。

 かつて、インドにおいて仏教はヒンズー教に弾圧されました。それは、仏教がカースト制度に反対していたからです。事実、仏教がインドから追い出された後、一時的にかなりアバウトになっていたカースト制度は再び厳密になったという歴史があります。では、ヒンズー教というのは人間を差別する悪い宗教かというと、一概にそうもいえません。ヒンズー教は、日本の神道にも通じる、民衆の生活に密着した多神教です。

 インドに到着して3日目の早朝、わたしたちは「ベナレス」とも呼ばれるバラナシを視察しました。ヒンズー教の一大聖地です。わたしたちは、まず、ガンジス川で小舟に乗りました。夜明け前で暗かったものの、次第に薄暗かった空が赤く染まっていく美しい光景が見られました。早朝からヒンズー教徒が沐浴(もくよく)をしている光景も見られました。ガンジス川で沐浴すると全ての罪が洗い流されるといわれています。

 舟からは火葬場の火が見え、わたしは合掌しました。バラナシには「大いなる火葬場」という別名があって、マニカルニカー・ガートとハリスチャンドラ・ガートの2つの火葬場があります。ハリスチャンドラ・ガートは地元の人間専用の小規模な火葬場ですが、国際的に有名なのはマニカルニカー・ガートです。ここは大規模な火葬場で、24時間火葬の煙が途絶えることがありません。

 マニカルニカー・ガートに運ばれてきた死者は、まずはガンジス川の水に浸されます。それから、火葬の薪(まき)の上に乗せられ、喪主が火を付けます。荼毘(だび)に付された後の遺骨は火葬場の仕事をするカーストの人々によって聖なるガンジスに流されます。ただし、子どもと出家遊行者は荼毘に付されません。彼らは、石の重しをつけられて川底に沈められます。その理由は、子どもはまだ十分に人生を経験していないからであり、出家遊行者はすでに人生を超越しているからだそうです。

 わたしたちは船上から火葬場のハリスチャンドラ・ガートを視察し、それから上陸して、マニカルニカー・ガートを訪れました。インドでは、最下層のアウトカーストが火葬に携わるとされています。火葬場からガンジス川に昇った朝日がよく見えました。その荘厳な光景を眺めながら、わたしは「ああ太陽の光は平等だ!」と思いました。太陽の光はすべての者を等しく照らします。

 そして、わたしは「死は最大の平等である」という言葉を口にしました。これはわが持論であり、わが社のスローガンでもあります。箴言(しんげん)家のラ・ロシュフーコーは「太陽と死は直視することができない」と言いましたが、太陽と死には「不可視性」という共通点があります。わたしは、それに加えて「平等性」という共通点があると思っています。

 太陽はあらゆる地上の存在に対して平等です。中村天風の言葉を借りれば、太陽光線は美人の顔にも降り注げば、犬の糞(ふん)をも照らすのです。わが社の社名は、「サンレー」ですが、万人に対して平等に冠婚葬祭を提供させていただきたいという願いを込めて、「太陽光線(SUNRAY)」という意味を持っています。

 「死」も平等です。「生」は平等ではありません。生まれつき健康な人、ハンディキャップを持つ人、裕福な人、貧しい人……「生」は差別に満ち満ちています。しかし、王様でも富豪でも庶民でもホームレスでも、「死」だけは平等に訪れるのです。

 遠藤周作の名作『深い河』の舞台にもなったマニカルニカー・ガートで働く人々はアウトカーストだそうですが、わたしには人間の魂を彼岸に送る最高の聖職者に見えました。太陽と死だけは、すべての人に対して平等なのです。

一条真也(いちじょう・しんや)本名・佐久間庸和(さくま・つねかず) 1963年北九州市生まれ。88年早稲田大学政経学部卒、東急エージェンシーを経て、89年、父が経営する冠婚葬祭チェーンのサンレーに入社。2001年から社長。大学卒業時に書いた「ハートフルに遊ぶ」がベストセラーに。「老福論~人は老いるほど豊かになる」「決定版 終活入門~あなたの残りの人生を輝かせるための方策」など著書多数。全国冠婚葬祭互助会連盟会長。九州国際大学客員教授。12年孔子文化賞受賞。

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