ヒロミ・ゴーは還暦からGOGO! 忍耐・継続支えに

ごう・ひろみ 1955年福岡県生まれ。本名・原武裕美。72年NHK大河ドラマ「新・平家物語」で芸能界デビュー。同年8月「男の子女の子」で歌手デビュー。西城秀樹、野口五郎とともに新御三家と呼ばれトップアイドルに。代表曲に「よろしく哀愁」「お嫁サンバ」「言えないよ」「GOLDFINGER'99」など(写真、葛西宇一郎)
ごう・ひろみ 1955年福岡県生まれ。本名・原武裕美。72年NHK大河ドラマ「新・平家物語」で芸能界デビュー。同年8月「男の子女の子」で歌手デビュー。西城秀樹、野口五郎とともに新御三家と呼ばれトップアイドルに。代表曲に「よろしく哀愁」「お嫁サンバ」「言えないよ」「GOLDFINGER'99」など(写真、葛西宇一郎)
心の熱量に制限は無用。学ぶ心を持ち続けよう

昨年10月に還暦を迎えた歌手の郷ひろみさん(60)は60代が自身の歌手人生の最盛期、最も輝く時期になると考えている。

「50代までは長い長い基礎作りの時間。これまでの活動のすべては、これからのためにあったのだと思っています。ようやく土台ができて、60歳にしてスタートラインに立てたという手応えがあるのです」

「60歳で定年という方も多いでしょうが、還暦だからもうこれはできない、あきらめようなど自分で制限をかけない方がいいと思います。人は何歳になっても心の持ち方でいかようにも自分を変えていける。僕のモットーは『心にサーモスタットをかけない』です。かけてしまうと設定温度を超えられませんからね。設定を外すんですよ」

「学びたいという気持ちを持ち続ければ、道は開けると思っています。自分がどういう心の開き方をするかですよ。学びたいという欲求さえあれば、目や耳に入るものの一つ一つが新鮮に映ってくる。友人との会話でも、読書しているときでも、これは良い言葉だなと敏感に反応できるようになるし、それが蓄積し自分の創造力につながる」

45年前、映画のオーディションに近所の人が1枚の写真を送った。それがデビューのきっかけとなった。

「俳優や歌手になる気はありませんでした。オーディションに向かう途中、気が変わって行きたくないと言ったら、母からいきなり頬を打たれました。九州男児は途中で意志を曲げたりしない、行きなさい、といった調子でスパルタ式ですよ。ミミズ腫れの頬を押さえながら会場に入ったのを覚えています。そのオーディション会場を出るときジャニーズ事務所のジャニー喜多川さんから声をかけられ、人生が一気に変わりました」

人気絶頂の10代の終わりから米ニューヨークを頻繁に訪れ、ボイストレーニングやダンスのレッスンに励むようになった。

「自分が全く歌えていない、踊れていないという自覚はありました。中身がなければ化けの皮がはがれる。そう考えて渡米したのです。カーネギーホールの隣のスタジオでした。自分を変えていくのはここしかないと思い、毎年のように足を運ぶようになったのです」

30歳のころから日常的にトレーニングを欠かさない。筋肉のどの部分を鍛えるかなどを意識した専門的な運動だ。

「今も週に2、3回トレーナーについてやっています。運動とは基本はコントロールなのです。息をコントロールし、形をコントロールする。歌も同じで、いかに声を自分のコントロール下に置き、表現したいように歌えるかです。運動から学ぶことは意外に多いものですよ」

継続こそ向上の鍵。我流を避け人に習おう

「何事も我流では限界がありますね。人から理論的に習った方が無駄がないし、先のレベルに行けると思っています」

「理論的に習った後はお手本を徹底的にコピーする。『オリジナリティーは100%のコピーから生まれる』が持論です。海外の曲をカバーする際も何千回と聴き、細かいニュアンスまでコピーする。完璧にコピーできたとき、既にオリジナリティーは生まれていると思います」

2002年には休業して3年間米国でボイストレーニング漬けの生活を送った。

「まだ自分の歌に満足できなかった。当時40代後半です。帰国したとき自分の居場所がない恐れもあり、葛藤がありました。人生の岐路ですね。自分に『このまま60代になって何が残るのか』と問いかけました。後悔しか残らないな。そう思って渡米を決めたのです」

「ドクター・ライリーという有名な先生についてボイストレーニングに明け暮れました。ビブラートのかけ方から直されるのです。今の音楽界では速く浅いビブラートが主流で、以前の僕のゆったりした深いビブラートでは昔の歌手にしか聞こえないよと言われました」

「3年たって不思議な体験をしました。自分の声が渦を巻いているのが見えたのです。見えたというのも妙ですが、歌っている鼻の先で渦巻くように共鳴していました。求めていた声でした。それで帰国したのです」

思考、行動、継続。郷さんが大切にしていることは、この3つに尽きるという。

「思考を行動に移す。後は続けるしかない。その継続が至難の業なんです。3年、5年と継続できれば、ある程度は形になって、次のステージに行きたくなる。人はそうやって人生のステージを上げていけばいい」

「思考を支えるのは信念、行動は情熱。では継続に何があるかといえば忍耐だけなんですよ。それも運動から学んだこと。運動は心も鍛えてくれます」

それにしても郷さんのようなストイックな生活を続けるのは難しい。忍耐の源は何だろう。

「自分に問いかけるんです。郷ひろみでいたいの、いたくないの、と。声援をいただくときの感動を思えば、答えは自明です。以前は自分を奮い立たせたり、自分を追い詰めたりすることで郷ひろみであろうとしたこともありましたが、今は郷ひろみでいることが一番心地いいのです」

長年の鍛錬、絶妙の響き合い

フルオーケストラとの共演は初めてだった(3日、東京・赤坂のサントリーホール)

「よろしく哀愁」「ハリウッド・スキャンダル」といった往年のヒット曲から書き下ろしの新曲まで、東京フィルハーモニー交響楽団をバックに朗々と歌い上げる。アイドル時代とは別人のような端正な声が大編成のオーケストラと絶妙に響き合い、長年のボイストレーニングの成果を改めて実感させられた。2月3日の東京・サントリーホール公演は、60代の10年間の活動を予告するかのような「僕にとって転機となるショー」だった。

昨年夏に千葉・幕張メッセで開かれたロックフェス「サマーソニック2015」に登場し、ヒット曲のオンパレードで若い観客を熱狂させたのも記憶に新しい。「50歳の前、従来の歌謡曲路線を変えたいと思った時期もありますが、もう吹っ切れました。今は1・2・3バだろうが、ジャパ~ンだろうが、ア~チ~チ~だろうが、何のためらいもなく歌えます。僕は歌謡曲ど真ん中。僕自身が歌謡曲と思っていますから」との言葉にしびれた。さすがヒロミ・ゴー。還暦からゴーである。

(編集委員 吉田俊宏)

[日本経済新聞夕刊2016年2月20日付]

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