眠らずにうつ病を治す 帰ってきた断眠療法

日経ナショナル ジオグラフィック社

2016/3/8
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ナショナルジオグラフィック日本版

前回、不眠やリズム障害などの睡眠問題がうつ病の発症や再発のリスクを高め、治療の足を引っ張るという話を紹介した。そして(それにもかかわらず?)今回のテーマは、患者さんを眠らせないことでうつ病を治療する、人呼んで「断眠療法」である。このどんでん返しは何なんだ! と呆れている読者もおられるかもしれないが、歴史も実績もある有名な治療法なので、うつ病と睡眠つながりで是非ご紹介したいと思う。

一般的に「毒にも薬にもならない」ものは役に立たないことが多い。「毒にも薬にもなる」ものには、酒をはじめ、麻薬(鎮痛薬)やボツリヌストキシン(ボツリヌス菌が産生する毒素で、ボトックスなどの商品名で筋けいれん性疾患に用いられる)など医薬品として活用されているものが幾つもある。

(イラスト:三島由美子)

この連載で何度もご紹介したように、眠らないことは多くの場合は毒になる。だが、時には薬として働くこともまたある。断眠療法はその典型例であるし、震災や戦争など危急時には眠気がすっ飛んで長時間にわたり自己防衛が可能になるのも一種の効用と言えるだろう。

本題に入る前に大事な注意点を1つ。今回ご紹介する断眠療法は短期間(1晩のみ、もしくは1週間に2回など)に限り、医師の管理下で実施する「医療」である。自己流で試すのは危険。年配の方は血圧その他、心身への負担があるし、双極性障害(躁うつ病)の方は躁(そう)状態に移行してしまうことがある。

徹夜明けに妙にハイになった体験はありませんか?

さて、突然かつ縁起の悪い話で恐縮だが「葬式躁病」という精神科用語がある。正式な学術用語ではないが精神科医の間では広く知られている。近親者を亡くして辛く悲しいはずなのに、妙に明るく振る舞い、弔問客に対しても多弁で笑顔を絶やさないなど、見かけ上も心理上も気分が高揚している状態である。

その際の心理状態はさまざまに説明されているが、辛い現実を真正面から受け止めることができず無意識のうちに避け(否認し)、逆にハイテンションな精神状態を自ら作り出すことで苦境を乗り切ろうとしているという説がよく知られている。「躁的防衛」と呼ばれる心理機制である。これは、まぁ、正しかろうと思う。

しかし、睡眠科学の視点からはもう1つ、「通夜躁病」とでも呼ぶべきメカニズムが働いていると考えられている。諸事で忙殺され寝不足となり、ついには通夜で徹夜(断眠)することが躁状態を引き起こすという断眠起因説である。

というのも、断眠にはうつ病患者だけではなく、健康な人の気分も押し上げる効果があるからだ。徹夜明けに眠気と疲労感があるにも関わらず、妙にハイになって余計な一言を口走ってしまった体験はないだろうか。このように徹夜が気分をハイにさせ抑制欠如気味にさせるのは「断眠効果」と呼ばれる。

個人的には徹マン(徹夜麻雀)で夜も白む頃、メンツの一人が発した実につまらないダジャレ(ワンズがわんずらわしい、満貫もありまんがな、ナド)になぜか虚ろな笑いが止まらなくなる、などの現象も断眠効果の一種だと思うのだが……。

葬式躁病のような断眠効果を医療に初めて応用したのが今回のテーマ「断眠治療」である。断眠治療は1971年にドイツの精神科医であるPflugとTolleが考案し、40年以上も前からうつ病治療に使われてきたのである。

彼らはうつ病患者を一晩中眠らせないで経過をみたところ、翌日には抑うつ感や意欲低下のため行動できない(制止)などのうつ症状が顕著に改善することを見いだした。ちなみに、不眠は眠ろうとしても眠れない状態であり、断眠は人為的に眠らない(覚醒度を上げる)状態である。この二つは根本的に異なり、抗うつ効果があるのは後者である。

うつ病に対する有効率は60~70%という報告も

断眠中は特別なことをする必要はない。眠りさえしなければそれで十分である。ただし、普段の経験からも分かるように、徹夜は楽な作業ではない。特に眠気がひときわ強まる明け方や、翌日の午前中は眠気に耐えるのが大変である。しかし、ここでウトウトしてしまうと効果が大きく損なわれてしまうのだ。抗うつ効果を引き出すには、踏ん張って「しっかりと」目覚めている必要がある。

1人で眠気に耐えるのは大変だし、スタッフを1人の患者に張り付けるのはマンパワーの観点からも厳しい。そこで何人かの患者グループで集団の断眠を行うこともある。海外の医療施設では眠気覚ましを兼ねて参加者全員で軽運動をすることもあるようだが、運動を取り入れることが抗うつ効果を高めるか結論は出ていない。その人の年齢や体調に合わせて最も楽な方法で「目を覚まして」いればそれで良いのである。

(イラスト:三島由美子)

その後の研究で、睡眠の後半部分を削る部分断眠だけでも効果があることも明らかになった。具体的には23時から5時まで6時間眠れる患者の場合には、3時間だけ眠らせ2時から起きてもらう。ただし部分断眠は完全な徹夜(全断眠)に比べて効果が弱いようだ。そのためうつ症状の強さや眠気に耐える力を勘案して断眠法を選択する。

これまでの多数の研究結果を総括すると、うつ病に対する有効率(一定基準を上回る改善を示した患者の割合)は低い報告で約40%、高い報告で60~70%である。60%という数値は抗うつ薬を用いた一般的な薬物療法の有効率とほぼ同じである。しかも、断眠療法の患者の中には薬物療法では効果が十分に認められなかった「難治例」も含まれている。

加えて、断眠療法は薬物療法に比較して効果発現が極めて早い。一般的に抗うつ薬では効果がしっかりと自覚できるようになるまで2週間から4週間程度かかる。それに比べて、断眠療法の場合は徹夜明けの午前には早くも気分の改善が見られ、午後にかけて効果が強まる。断眠明けの日中に眠ると抗うつ効果が弱まってしまうので起き続けてもらうが、キツイのはお昼頃までで、その後は体内時計の影響で覚醒度が上がるため眠気はかなり楽になる。

Pflugらの報告以降、現在まで約40年の間に研究論文で報告された断眠療法の実施数は全世界で数千例に上る。研究論文に掲載されるのは患者のごく一部なので、実際には相当多数の患者に断眠療法が実施されたと思われる。歴史と実績がある治療法なのである。しかし残念なことに、現在の精神科臨床ではすっかり廃れてしまった。今や、教科書で一度は目にしたことがあるが自分では実施したことのない精神科医が大部分である。ナゼか?

患者や医師が断眠療法をちゅうちょする理由はさまざまである。とにかく面倒、処方(服薬)の方が楽、不眠なのに寝かせないことに対する心理的抵抗(怖い)、健康保険がきかない、などなど……。しかし、なんと言っても最大の理由は「寝るとぶり返すことが多い」という点にあった。

断眠効果があった患者のうち約60~80%が断眠翌日の睡眠後に抑うつ症状が再発する。これでは苦労して徹夜した甲斐がない。そのため断眠療法は難治例や、副作用などのために薬物療法を受けられない患者など特殊なケースに限定して行われるようになった。その後、週に1、2度断眠療法を繰り返すことで抗うつ効果を維持できることが明らかになったが、やはり大変さは変わらない。そのため1980年代以降、副作用が軽減された新しい抗うつ薬が次々と登場する中で断眠療法は過去の治療法として埋没してしまったのであった。

ところが、10年ほど前から欧州を中心として改訂版の断眠療法が考案されて、そのユニークな方法と向上した治療効果が注目されるようになった。改訂版断眠療法では単に断眠するだけではなく、断眠後に特殊な日替わりスケジュールで眠り、高照度光療法(強い光刺激で網膜を刺激する)を併用するなどの方法で実施する。

その結果、従来法の難点であった効果の持続時間が大幅に伸び、断眠療法後も1カ月以上にわたって抗うつ効果を持続させることに成功したのである。これであれば患者も断眠療法のメリットを享受できるし、薬物療法を併用するにしても効果が持続している間に調整が容易である。

筆者が主任を務めた厚労省研究班に参加してもらった分担研究者のグループが改訂版断眠療法の検証試験を行い、日本のうつ病患者(しかも薬物療法が奏功しない難治例)でも効果があることを確認している。筆者も何人かの患者に試していただいたが確かな手応えを感じた。かかる手間暇を考えれば多くのうつ病患者が受けるべき治療だとは思わないが、困った時の次の一手として試すべき価値があると思うのだがいかがだろうか。

(イラスト:三島由美子)
三島和夫(みしま・かずお)
1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、2002年米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て、2006年6月より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。これまで睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者を歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2015年12月24日付の記事を再構成]

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著者:三島 和夫
出版:日経ナショナルジオグラフィック社
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