後見制度の落とし穴 先祖代々の土地が売却され…弁護士 遠藤英嗣

成年後見制度は認知症などによって判断力が衰えた人の財産や権利を守るための制度ですが、法的にいまだ整備されていない面があります。以前、「消えた相続財産 後見制度の無知が招いた悲劇(2015年11月27日)」で、大事な財産を成年後見人に処分され、相続人が途方に暮れているという話を紹介しました。今回は、先祖代々受け継いできた大事な「家産」である不動産などを、成年後見人に処分されたBさんの話を紹介します。

息子のBさんは後見人になれず

Aさんは、先祖代々引き継いできた数多くの土地を大事にして不動産業(賃貸業)を手掛けていました。法人経営も検討しましたが、家族で力を合わせてやっていくことにし、Aさんが事業主となり、妻と長男Bさん夫婦の4人が協力して事業を営んでいました。

「その大事な土地を成年後見人に勝手に処分されてしまいました。どうにかなりませんか」。私のところに法律相談にみえたBさんは憤まんやるかたないといった様子。後見人が行った不動産の売却処分を取り消しできないかという相談内容です。

しかし、結論からいいますと、売却処分の取り消しはできません。もしできることがあるとしたら、Bさんが金融機関から借り入れをして買い戻すほかないのです。

ことの次第はこうです。

76歳になったAさんは、Bさんに事業の引き継ぎを考えていたまさにその時期、認知症を発症しました。

不動産はすべてAさん名義ですが、不動産から得られる賃料収入の振込先口座の名称は不動産ごとに違っていました。ただ、事業資金などはすべてAさん名義の預金口座になっていたのです。

Aさんは任意後見契約をしていなかったので、Bさんを後見人候補者として後見開始の審判の申し立てをしましたが、家庭裁判所は親族であるBさんを後見人には選任せず、Y弁護士を選任しました。

Y弁護士は、後見業務はすでに数件ほど手掛けた経験があり、成年後見人なら何でもできるし、後見人の権限は絶対だという考えを持っている方でした。

突出した成年後見人の権限

案の定、Y弁護士とBさんは最初から衝突し始めました。Y弁護士はAさん名義のすべての預金口座を自分で管理し、不動産業は一家で営んでいる事業であることを無視したのです。

そこで、Bさんはまず、Aさんには自分と母親の扶養義務があるということをY弁護士に主張しました。しかし、それぞれに財産があるのだからという理由で応じてもらえませんでした。次に、BさんはY弁護士に、母親と自分たち夫婦3人の専従者給与を請求しましたが、これも応じてもらえませんでした。

そのようなとき、賃貸物件に雨漏りがあり、Bさんは物件の管理業者であるD社に修繕を依頼し、D社からきた修理代金の請求について、Bさんは立て替え払いをしたのです。

Bさんは、Aさんの財産から当然、立て替えた修繕費を支払ってもらえるものと思い、Y弁護士に請求したところ、回答は予想もできないものでした。成年後見人が必要だと認めて依頼した修理ではないので、支払いはできないというのです。さらに、そんなに維持費がかかる不動産は必要ないとばかりに、Y弁護士は雨漏りをした建物のみならず、Aさんたち家族が大事にしてきた土地まで売却処分してしまったのです。

売却したのは自宅不動産ではないので、成年後見人に裁判所の許可は不要です。Y弁護士の一存で処分してしまったのです。

怒り心頭に発したBさんが私に話した言い分はこうです。

・後見人は、本人(Aさん)の代理人であり、本人の意思を尊重し、その意思を実現する人であるべき

・「大事な家産は処分しない」「家業を手伝っている家族には相当の報酬、給与に相当する金銭を支払う」というのが本人の意思

・Y弁護士が管理している家産の保全のために必要な費用は、当然、Y弁護士が支払うべき

・Y弁護士は後見人の義務を放棄している

・大事な土地を本人の意思に反して売却したY弁護士は、法律で求められている善管注意義務に違反している

・後見制度の理念やAさんの考えや思いを理解しない後見人は解任されるべき

Bさんの言い分についての答えや考え方は様々でしょうから、私自身の考えを述べるのは控えますが、「成年後見制度とは本人の意思を尊重し、成年後見人は可能な限り、その意思を実現する人である」という理念については、その通りだと思います。

家族で営む事業の財産は誰のもの?

Aさんのように家族で事業を行っている場合、その事業用資産、特に事業用資金は、たとえ家長の名義で預金されていたとしても、それは家長の固有財産ではなく、「一家族の総有財産」に準ずるのではないかと私は考えています。「総有財産」とは、財産の管理・処分などの権能が個人ではなく共同体に属し、その使用・収益の権能のみ、共同体の各個人に属するというものです。

もし、金融機関が「一つの家」の口座名義を認めれば、Bさんの悩みは解決できたかもしれません。しかし、Aさん一家は法人化していないため、現状では金融機関がAさんの事業口座に法人格を認めてくれるとは考えられません。仮に、「A家事業口座」という口座をつくれたとしても、実際はAさん所有口座として成年後見人の管理下に入ったでしょう。

最近、ある金融機関から「家族信託預金口座をつくります」というパンフレットをもらいました。

それによると、「家族信託預金口座」とは、本人だけでなく家族の生活を守るための口座で、民事信託を活用して家族に渡したい分の財産を指定口座で管理し、いざというときに円滑な財産の引き渡しができるものだということでした。

今回のケースのように、大事な「家産」について信託を設定したときにも利用できる口座で、このコラムでたびたび紹介している「家族信託」を利用する仕組みなのです。

家族信託なら実現できる

この場合、後継者であるBさんを財産の管理者である「受託者」にし、財産を形式上、Bさん名義に移転、家長のAさんの財産から隔離します。そして、事業資金や家賃収入等をこの家族信託口座に入金しておくのです。なお、不動産もBさん名義に移転しますが、Bさんの固有財産になるわけではありません。また、受益者をAさんのみにすれば、贈与税なども発生しません。

家族信託を利用すると、信託財産は家長Aさんの財産から外れ、「誰のものでもない財産」になるので、もしAさんに後見人がついても、後見人はこの信託財産を管理する権限はありません。さらに、受益者代理人を置けば、家産や家族信託口座にある債権に対しも後見人は口出しできません。あるのはBさんに対する監督権のみです。

このような仕組みを作っておけば、受託者であるBさんは「信託の目的」に従って、不動産事業を自分の判断で営むことができたわけです。

個人事業を営んでいるなら、(1)いつまでも家長を事業主にしておくのではなく、適切な時期に交代する(2)家長の固有財産と事業用の資産を分別管理し、いつでも事業用資金は事業のために活用できるようにしておく――必要があると考えます。

ただし、法人経営ならできても、個人事業の場合、(1)を行うのは至難の業です。不動産を後継者であるBさん名義にすると、多額の贈与税がかかってしまうからです。(2)については可能ですが、Aさんに後見人がついた場合には、分別管理が難しくなります。今回のY弁護士のように後見人の管理下に入り、事業のために資金を自由に使うことが不可能になるリスクがあります。

つまり、これらの問題を解決し、Aさん家族が不動産事業をつつがなく営んでいくためには、「家族信託」という仕組みを使うしかないということなのです。

遠藤英嗣(えんどう・えいし) 1971年法務省検事に就任。高松地方検察庁検事正などを歴任し、2004年に退官。05年公証人となり、15年に退官。公証人として作成した遺言公正証書は二千数百件に及ぶ。15年に公証人を退官し弁護士登録。日本成年後見法学会常務理事を務めるほか、野村資産承継研究所研究理事として税務の専門家と連携して、資産の管理・検証などを研究する。主な著書に「増補 新しい家族信託」(日本加除出版)、「高齢者を支える市民・家族による『新しい地域後見人制度』」(同)などがある。
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