30代に人気の番組、キーワードは世界共通
日経BPヒット総合研究所 品田英雄
テレビよりもネットの方がおもしろいという人は確実に増えている。だが「視聴率は高くないけど、おもしろい」というテレビ番組も少なからずあるのだ。テレビが遠くなりつつある30代が評価する番組を紹介したい。これらの番組には、なぜか「世界の流行とつながっている」という共通点がある。これは偶然なのか必然なのだろうか。
(1)社長が現場で怒鳴られる●NHK-BSプレミアム「覆面リサーチ ボス潜入」
大企業の社長や役員が、役職を隠して自社の現場に潜入し、指導を受けながら会社の問題点や誇れる人材を発見する番組。後日、指導してくれた従業員を本社に呼び、自らの正体を告白するとともに、課題の解決策を提唱する。タクシー会社や映画館、ガソリンスタンドなど私たちが普段利用する企業が登場する。
まず、扮装(ふんそう)する社長を見て家族が戸惑う姿がおかしい。明らかにちょっとダサイからか。彼らがタクシーの運転手になったり、映画館の掃除をしたりするのだが、うまくできずに先輩に指導される姿は、「経営者は現場の苦労を知らないはず」というビジネスパーソンの気持ちの代弁でもある。
また、お客と向き合いながら、正社員だけでなく非正規の従業員を使わなければならない現場の様子は非常に参考になる。
だからこそ、現場の苦労を知って解決策を提示できるボスたちには尊敬してしまう。日ごろ目立たない従業員たちがヒーロー、ヒロインになる瞬間でもある。分かり合えた上司と部下は本当に素晴らしいと感じさせる。
キーワード「フォーマット販売」
この番組のオリジナルは英国で放送されている「アンダーカバー・ボス」。海外の番組のアイデアや構成を購入して、ローカライズする方式が放送界に広がっている。フォーマットを購入するという。
日本が輸入している番組には「クイズ$ミリオネア」や「サバイバー」があり、輸出しているものにはTBSの「SASUKE」、フジテレビの「ネプリーグ」、テレビ朝日「ロンドンハーツ」の「格付けしあう女たち」などがある。
アイデアは世界から。地域特性が強かったテレビ界も変化しつつある。
(2)おそ松くんがニートになっていた●テレビ東京「おそ松さん」
赤塚不二夫の人気漫画「おそ松くん」たちのその後がアニメになっている。六つ子たちが大人になったらこんな生活をしていたという物語だ。赤塚不二夫の生誕80周年を記念して、2015年10月から放送されている。
「おそ松くん」の頃は小学生で、見た目も性格も区別がつかなかったが、大人になるとあらあら、おそ松はパチンコと競馬が大好きで、カラ松はナルシスト。チョロ松は真面目でアイドル好き、一松はマイペースな皮肉屋、十四松は天然系のおバカキャラ、トド松は甘え上手だが腹黒いと、とんでもない性格に育っていた。おなじみイヤミやチビ太、デカパン、ハタ坊もよわいを重ねて登場している。
人気の理由は、豪華声優陣とパロディー満載の演出だが、現代を反映しているのもポイントになっている。おそ松たちは20代になっても皆ニートで童貞。ハローワークでナンパしたり、だまされてブラック企業で働いたりする。現代の若者が直面する問題を盛り込んで、人気となった。
キーワード「後日譚」
有名な物語のその後を描く作品が世界的に増えている。ハリウッド映画で言うと、「アリス・イン・ワンダーランド」。不思議の国のアリスが大人になって再び不思議の国を訪れると、そこは赤の女王が支配する暗黒の世界になっていた……。また、「ジャックと天空の巨人」は、「ジャックと豆の木」から数百年後の話。天空の巨人の国と地上がつながり、巨人たちの逆襲が始まった……。
ヒット作りの観点からすると、多くの人が知っている設定とキャラクターを使うので、一から作るよりも分かりやすく興味を持ってもらえるという利点がある。
以前は純粋な童話だったものが、時代を移すと大人の視点に変わっていることが多い。
(3)おしゃれな生活を邪魔するのは誰だ●TBSテレビ「家族ノカタチ」
香取慎吾演じる永里は文具メーカーに勤める39歳独身。こだわりの生活をエンジョイし、結婚には否定的。上野樹里演じる葉菜子は大手商社に勤務するバツイチの32歳。同じマンションに住み独身生活を謳歌していた二人の元に、ペースをかき乱す親が入り込んで来て……。結婚しない男と女を巡るコメディーだ。
番組をおもしろくしているのは、若い人たちとその親世代の考え方のギャップだ。番組の調べによると、30~40代男性では「無理して結婚しなくてもいいと思っている」が76.7%、20~40代女性では「正直、結婚はコスパ(コストパフォーマンス)が悪いと思っている」が49.4%と高いのに対し、60~70代男性の86.7%は「息子には結婚してほしいと思っている」、50~70代女性の72.9%は「孫の顔が見たいと思っている」のである。
キーワード「ポートランドスタイル」
あらすじだけでは、海外の流行とは無関係に見えるが、このドラマにおける主役たちのライフスタイルは今米国で流行の「ポートランドスタイル」だ。
ポートランドスタイルとは、環境に気配りし生活の質を大事にする生き方。大量生産よりもハンドメード、自動車よりも自転車を優先する。IT(情報技術)やデザインなどの仕事をしている人が多い。リーマン・ショックの後、米国西海岸の都市ポートランドから広まったことでこの名前がついた。
2人の部屋はモノが少なくてシンプル。永里の趣味は自転車で、夜は近所のバーでクラフトビールを飲む。一方、葉菜子の仕事はコーヒー豆の輸入(サードウエーブコーヒーか?)と、2人とも「ていねいな暮らし」に近い。
だからこそ演出では皮肉が利く。例えば、永里は毎朝有機野菜のジュースを飲むのだが、父親がベランダで有機野菜を育てようと持ち込んだ牛糞(ぎゅうふん)の臭さが大問題になる。葉菜子は商品や店を愛するが故に、足りないところを「せんえつですが一言」とネットに書き込み、しつこ過ぎてクレーマーだと思われる。こうした社会の理想と現実を感じさせることが30代の心をくすぐるのだ。
多くのテレビ番組が中高年、特に女性向けに作られるようになっている。だが、この3番組はそうした路線とは一線を画している。しかもそこには、現実の生活と結びついた世界がある。だからこそ30代の気持ちをつかんでいるに違いない。
日経BPヒット総合研究所 上席研究員。日経エンタテインメント!編集委員。学習院大学卒業後、ラジオ関東(現ラジオ日本)入社、音楽番組を担当する。87年日経BP社に入社。記者としてエンタテインメント産業を担当する。97年に「日経エンタテインメント!」を創刊、編集長に就任する。発行人を経て編集委員。著書に「ヒットを読む」(日経文庫)がある。
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