日経平均株価が1日で900円あまり急落したかと思えば、数日後に1000円超急騰するなど株式相場は不安定な動きが続く。中国景気の減速や米国景気への懸念、円相場の乱高下などが背景だが、気を付けたいのが「相場の雰囲気に流され、慌てて売買すること」(イボットソン・アソシエイツ・ジャパンの小松原宰明最高投資責任者)。
伝統的な経済学は市場参加者など全員が合理的に行動するのが前提だが、生身の人間は感情に左右されがちだ。冷静な判断ができず、周りに同調して動くことを行動経済学では「ハーディング(群れ)現象」と呼ぶ。
買いコスト上昇
グラフBは日経平均が急落した12日終値(1万4952円61銭)とほぼ同水準だった2005年11月以降の株価と、公募投資信託への資金流出入を示す。投信は株価の高値圏で大量に買われ、安値圏では買いが細る傾向が鮮明だ。この期間はリーマン・ショックやアベノミクス期待などがあった。相場の上昇局面では楽観ムードが広がりやすく、投資家は「今買わないと乗り遅れてしまう」と一斉に買いがちだ。下落局面では逆の状態になりやすい。
結果的に起きるのが買いコストの上昇だ。グラフBで投信の購入がすべて日経平均連動型と仮定して平均購入価格を計算すると約1万5500円(線(1))になり、同期間の株価の平均(約1万3280円)を上回る。高い時期に大量購入したため、高値づかみになっていることを示す。
「感情に流されない一つの方法が投資行動のルール化」と小松原氏は助言する。例えば割安な時期も買い続ける定時定額購入が有効だ。グラフBで日経平均連動型投信を毎月定額購入するケースを試算すると、平均購入価格は約1万2270円(線(2))。相場が乱高下している現在でも大幅な含み益が出ている。
もう一つ個人投資家の悩みで多いのが「塩漬け銘柄」だろう。仮に高収益体質を評価して買った会社の収益力が低下し、今後も株価の下落が続くと予想するなら売却が選択肢だ。しかし自分が高い価格で買っていた場合は売りづらく、判断を先延ばしするうちに含み損が増えていく。
自分の保有銘柄の買値など判断の際にこだわってしまう値を行動経済学で「参照値」と呼ぶ。立正大学の林康史教授は「買値と企業の実態価値とは関係がない。いったん売ったと仮定し、現在の業績でも買いと判断できる場合だけ持ち続けるべきだ」と話す。
「売れ筋の新商品ならきっといい商品だろう」などと単純に判断するのを行動経済学では「ヒューリスティック(大ざっぱな判断)」と呼ぶ。これも投資で失敗につながることがある。
「旬」のテーマ用心
一例として過去十数年の新規設定投信の顔ぶれをみてみよう。「IT(情報技術)」「中小型株」「新興国通貨」「海外不動産投信」「シェールガス関連」などが相次ぎ登場し、いずれも「旬のテーマ」「成長性が見込める」などとして、個人投資家の人気が盛り上がった。
しかしこうしたテーマ株は、投信の設定時にはすでに買われて割高になっていることも多い。モーニングスターが1999年度から2010年度まで各年度の新規設定投信の販売上位を対象に調べたところ、3年後には7割弱が同じ資産クラスの市場平均を下回った。
ヒューリスティックは投信以外でも要注意だ。例えば民間生命保険会社の個人年金保険。毎月掛け金を出して老後に受給する。掛け金の一部が所得控除され、課税所得が500万円の会社員が月2万円を出した場合は年1万800円の節税になる。14年度の新規加入は159万件と国の制度である個人型確定拠出年金(DC)の約55倍だ。
しかし実は個人型DCの方が節税効果は大きい。掛け金が全額控除されるためだ。先のケースに当てはめると、年7万2000円の節税になる。自営業者や企業年金のない会社員など約4000万人が加入可能だ。
経済コラムニストの大江英樹氏は年金保険の加入者が多い理由について「保険会社の営業力が強いだけではなく、ヒューリスティックも影響している」と指摘する。国の制度は頼りにならないという大ざっぱな判断に基づいて「年金の役割を果たす保険は心強いというイメージで選ばれている」(大江氏)。
金融商品を選ぶ際は自分の持っている大まかなイメージが必ずしも正しくないという可能性も頭に入れておこう。(編集委員 田村正之)
行動経済学では「自信過剰バイアス」もよく知られている。自分は投資がうまいと思って取引を繰り返してしまう。米国の多くの実証分析によると、男性の方が女性より自信過剰の傾向が強いため売買手数料がかさんで、運用成績が劣りがちだったという。
米国の確定拠出年金の教育は自信過剰バイアスを抑える方向に変わった。かつてはうまく投資する方法を教えていたが、過度に取引して成績が悪くなりがちだった。「今では運用会社が加入者の年齢に応じた資産配分に自動的に変えてくれる投信を勧める方が有効とされている」と米モーニングスターのJ・レケンターラー氏は話す。
[日本経済新聞朝刊2016年2月17日付]