年を取るのは悪いことだけじゃないと分かってきました女優・タレント 榊原郁恵さん

日経マネー

2016/2/15

Money Interview

撮影/大沼正彦
撮影/大沼正彦
日経マネー

──2015年の活動では昼ドラ初主演の「プラチナエイジ」が出色でした。還暦という、実年齢よりかなり上の主婦を演じられたわけですが。

実はそれがうれしかったんです。最近、仕事場は自分より若い人ばかりですし、バラエティーでもCMでも「若々しくノリのいいリアクション」を求められることが多いんですね。「実年齢より若く」というのはうれしい半面、私だって年を取るわけですから、先を考えると不安にもなります。そんな中で、人生の節目である還暦の役というのは、未知の世界だけに興味深かったです。背伸びしながらも自分がしっかり台本を読み、役を把握して演じるという世界に初めて入れた気がして。同年代の息の合うメンバーとも出会えて、撮影自体も楽しかったんですよ。

さかきばら・いくえ 1959年生まれ、神奈川県厚木市出身。76年に第1回ホリプロタレントスカウトキャラバンでグランプリに。歌手として「夏のお嬢さん」「風を見つめて」「ROBOT」などヒット曲多数。81~87年、ミュージカル「ピーターパン」で初代ピーターパン役。現在はテレビ朝日「いきなり!黄金伝説。」などTVのバラエティ番組、ニッポン放送「榊原郁恵のハッピーダイアリー」などラジオ番組をはじめ、ドラマ、CM、映画、舞台と縦横無尽に活躍。2015年には「ロボットタウンさがみ応援大使」にも就任。

──確かに60代の青春ドラマ、という感じでしたもんね。一方、物語の内容は熟年離婚、認知症、ホスト狂いと、かなりハードで。

「今の我々の老後」として、本当にあってもおかしくない話ばかりです。特に認知症は撮影している時にもニュースなんかで取り上げられてましたから、現場でも話題になってました。

──しかし私も最近つくづく考えるんですが、年を取るというのはどういうことなんでしょうか。

女優に限らず女性は、年を取る、つまり老けていくのは良くないことだとして、真剣にアンチエイジングに取り組むじゃないですか。食事から生活全般まで。でも私は「年を取るのは悪いこと」と捉えるのにすごく抵抗があって、年を重ねていくというのは、自分の中にいろんなものが年輪として積み重なっていくことだとも思うんです。シミもシワも、変化していくことを恐れていたら自分の将来が辛いものになっちゃうんじゃないかなと。

……と思ってたんですが、「外見的な変化を放ったらかしにしているのは、やっぱり女優としてはいけないんだな」というのに最近気付きまして(笑)。女優さんたちは皆さん「何もやってないわよ」と言うんですが、それは新しい特別なことはやってないという意味で、地道に生活習慣として身に付いてることがそれぞれあるんですね。まあ、映る側としての責任感といいますか。

──やはり外見も重要ですから。

表面的な話なんですけどね。一方、内面的な話をすれば、年を取るというのは生活の中でいろんな人たちと出会い、仕事や体も変化してきて、それを自分で受け止めるということですよね。台本にはセリフしか書いてないですけど、それを実際に言う時の一言一言に「ああ、あの時こんな気持ちだったな」というのを重ねていく。そういう道具として、年をいっぱい重ねていくとそれだけ道具が増えるんだなと。

ただ、やっぱり怖いのは認知症や体力の衰えです。体力の衰えは、ちゃんとした人は準備してるんですよね。今、私はずっとやってたピラティスを「これ本当に効いてるのかな?」と思って休んでしまってまして。やめてみて「大した変化ないな」と思ってたら、変化って気が付かないところで起きてるんですね!

──はい、私も最近気付けばめっきり物忘れが激しくなり、駅の階段でコケたりしています。

アハハハ。でもそうやって自分の変化を楽しめてるじゃないですか。これがだんだん深刻になってきちゃうと思うんですよ。

──ドラマでも、認知症を人に言えないという話がありましたね。

そうそう。人に言えなくてただ自問自答してる時って、負の連鎖じゃないですけど、いい結果は出ないですもんね。

──さて、2015年でデビュー38年。ずっと第一線で活動を続けてこられたのは、やはり我慢強いからではないか、とにらんでおりますが?

何に対して我慢強いかですが、私、痛いことには我慢強いですよ(笑)。マッサージの人によく言われます。痛いのはそこが悪いからで、早く治してもらわなきゃいけないのに、「イタイ!」と体を硬くしていたら、治らないですからね(笑)。あと、長く続けてこられたのは結局私は運がいいんだと思います。スカウトキャラバンからスタートして、スタッフからファンの方まで、すごく大勢の人に守られてるんですよ。

──そう思えるというのがいいですね。いつもお元気な印象ですが、落ち込むこともあるんでしょうか。

小さなことではありますよ。でも次の日の仕事に尾を引くと嫌なので、そういう時は「ちょっと置いといて!」とするんです。

若い時はね、何でも後悔する方だったんです。あの時ああすればよかったとか、なぜこの道を選んじゃったんだろうとか。反省ではなくて後悔ね。それを主人(俳優の渡辺徹さん)、まだ付き合っていた時の彼に注意されて。主人は前向きというか、「俺の一番嫌いな言葉は努力だ」と言うくらいお気楽な感じでした。それである日「何でそんなに後悔するの? 終わったことは仕方ないんだし、失敗したと思ったら、それを学べたと思って礼を言えばいいじゃないか」と言われ、救われて。それが転機になり、今では私もお気楽になっちゃったんです(笑)。

落ち込んで反省して、「今後は勢いで何かやるんじゃなく、慎重に考えてやろう」と思っても、うまくいかないんですよ。そうしたら主人から「お前は勢いでやるのが一番いいんだ。考えても駄目なんだよ!」と言われ、また救われちゃって。

──いい話ですね。そう考えると楽になりますから。

ただ、年と共に記憶力は衰えてきます。台本も一度うわーっと情熱的に読めば全体像が浮かび、物語に入り込んで熱く演じられたのは、若い時の話で。今はやっぱり読んでもセリフが頭に入らない、覚えられない。

努力が一番苦手だと言っていた主人も、時間を割いて、あの手この手で覚えなければならない状態です。主人は15年にシェークスピアの舞台をやってるんですけど、寝言でもセリフを言うくらい。ああ苦労してるんだな、そういう年だもんな私たち……と、その姿を見て改めていとおしく思えたりね。

前は舞台があるというと家でもカリカリしてる姿を見て、「役者なんだから何とかしてよ!」と思ってましたけど、だんだん理解できるようになってきました。これも年を重ねたからで、悪いことだけじゃありませんよね。

最近、厚木で野菜を作っていますがダイコンの種の生命力には驚かされますね

──日本農業新聞の取材を受けたのがきっかけで、最近は地元の厚木で野菜を作っておられるとか。

食料自給率がどんどん低下していくことに、50代の榊原郁恵、日本の危機を感じたわけですよ(笑)。これまで親や先輩のお世話になってきたけど、もう次の世代に何かを残していく年代なんだと。それで農業を勉強してみたんですが、やってみたらとんでもなく難しい。天候のような動かせないもの相手に、農家一人ひとりのノウハウがあって。それに農業は窒素・リン酸・カリの化学の世界なんです。最初は「石灰窒素? はあ?」という感じでしたけどね。

野菜は言葉は言わないですけど、育ててみると、やっぱり生き物なんです。よく子供にも言うんですが、「種ってすごくちっちゃいのよ。この種が最後はこんな大きいダイコンになるって、野菜ってすごいと思わない?」と。

──歌のお話も少々。今、ご自分の歌を聴かれることは?

衣装協力 ワンピース/YUKI TORII INTERNATIONAL アクセサリー(ネックレス、リング)/ABISTE ヘアメイク/宮原幸子 スタイリスト/坂能 翆

改めて聴くことはないですね。でも外で流れてるのを耳にすると、やはりうれしいです。「夏のお嬢さん」がデビュー曲だと思っている方がいらっしゃるんですが、あれは7曲目。一番ヒットした曲なので、あの曲には感謝しているんですが、その他の曲を「あの曲が好きです」と言われたりするとうれしいですね。私自身は「想い出パズル」のB面の「ときめき年頃」が一番好きな曲です。

──今改めて「Do It BANG BANG」の歌詞を読むと、女の子が積極的というか、すごい内容で驚きますね。

いや、あれだけじゃなくて他にも強烈な、奇抜な歌詞がいっぱいあるんですよ! その当時、親とは離れて寮に住んでたので、「うちの娘が新曲を出した」と思って聴いた時に、親は毎回ドキッとしたと思うんです(笑)。親戚や近所の人にもレコードを配れないですよね。

──さて16年は「雪まろげ」の舞台が秋に控えてます。郁恵さんは銀子という芸者さんの役で。

はい。森光子さんの代表作の一つなので光栄なんですが、こんな怒り肩の私が、芸者の役でいいんでしょうか、みたいな(笑)。

──銀子は通称・コガネ虫。お金が大好物という設定だそうですが。

うちは逆にあっさりしてて、向井理さんが出ている相続のドラマではないですけど、「自分たちが生活できるだけの分があれば、子供たちに迷惑が掛からないように、あまりお金残さない方がいいね」と主人とも言ってたんです。そんなに言うほどありませんけど(笑)、本人たちは本人たちで努力して生きていくんだからと。

──舞台への意気込みは?

変に気負わずに、まっさらな気持ちでやれたらいいなと思ってます。舞台の上では先輩に近い人たちばかりなので、高畑さんや皆さんの胸を借りるような気持ちで。走るんじゃなく、一歩一歩深い歩みで進んでいけたら、この舞台にもちゃんと立っていられると思います。もっとも直前になったら「あーセリフが覚えられない、どうしよう!」って苦労するんだと思うんですけど(笑)。

(聞き手/大口克人 撮影/大沼正彦)

[日経マネー2016年2月号の記事を再構成]

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