
2018年、小さな宇宙探査機が折りたたまれた帆を宇宙で開き、はるか彼方の小惑星をめざす。米NASAにとっては、地球の軌道から離脱し、太陽光のみから推進力を得る初めての探査機だ。この技術は低コストでの太陽系探査を可能にするもので、将来は恒星間の探査も視野に入れている。
この探査機は地球近傍小惑星探査機「ニア・スカウト(NEA Scout)」で、製造コストは約1600万ドル。NASAは2016年2月3日、ロケット「スペース・ローンチ・システム」初飛行の際に、この探査機をほかの12機の小型衛星と一緒に打ち上げることを発表した。スペース・ローンチ・システムはスペースシャトルに代わる大型打ち上げロケットで、将来は火星有人探査機「オリオン」も打ち上げることになっている。
ニア・スカウトは2年半かけて小惑星1991VGをめざすが、その旅路はせわしない。ソーラーセイル(太陽帆)にたえまなくぶつかる太陽光によってどんどん加速され、最高で太陽に対して秒速28.6キロの猛スピードで進むことになる。
ソーラーセイルを搭載した探査機は、十分な時間をかければ、従来の化学ロケット(燃料の化学反応から推進力を得る)を使う同じ大きさの探査機より高速になる。
米マーシャル宇宙飛行センターにあるNASA先端コンセプト局の技術顧問レス・ジョンソン氏は、「ウサギとカメの童話ではありませんが、最終的にはソーラーセイルが勝つのです」と言う。化学ロケットは最初の推進力は非常に大きいが、そのうち燃料が尽きてしまう。「これに対してソーラーセイルは燃料を必要としないので、太陽が輝いているかぎり前進できます」
JAXA「イカロス」が惑星間飛行を実証
ソーラーセイルは反射率が高い極薄の材料からできている。太陽から発せられた光子がソーラーセイルの鏡のような表面に当たって反射するときに運動量を伝え、これが探査機の推進力となる。ビリヤードの手球を的球にうまく当てると、的球が動きだすのと同じ原理だ。
ソーラーセイルの概念は1924年頃に登場した。「ロケット工学の父」と呼ばれるロシアのコンスタンチン・ツィオルコフスキーとフリードリッヒ・ザンデルが、宇宙船に「非常に薄い巨大な鏡」を使い、「太陽光の圧力を利用して高速を得る」ことはできないかと考えたのだ。その40年後、SF作家のアーサー・C・クラークが短編『サンジャマー』でソーラーセイルの競技会を描いたことで広く知られるようになった。
NASAは1990年代後半からソーラーセイル技術の研究を始め、2010年に初めてソーラーセイルから推進力を得る小型人工衛星を地球周回軌道に打ち上げた。この衛星は翌年1月に帆を広げてから240日間地球を周回し、ミッションを終えて大気圏に再突入した。
同じく2010年には、日本のJAXAがソーラーセイルで惑星間飛行ができることを実証している。彼らが金星探査機「あかつき」と一緒に打ち上げた小型ソーラー電力セイル実証機「イカロス(IKAROS)」は、地球から770万キロのところで帆を展開して光子加速を開始し、その半年後には金星の近傍まで到達するという偉業を成し遂げた。
最新技術が古来の夢を実現
ソーラーセイルを可能にしたのはエレクトロニクスの革命だ。
ソーラーセイルのデザインは、ニュートンの運動の第二法則「物体に働く力=物体の質量×加速度」に縛られている。太陽からの力は変えようがないので、大きな加速度を得るためには、探査機の質量を極力小さくしなければならない。
「25~30年前の電子機器は本当に重かったのです」とジョンソン氏。「当時の探査機をソーラーセイルで飛ばそうとしたら、途方もない大きさの帆が必要だったでしょう。その後、スマートフォン技術の登場と電子部品の小型化のおかげで、小さくて軽い探査機を作れるようになり、現実的な大きさのソーラーセイルで足りるようになったのです」
ニア・スカウトは大きな靴箱程度の大きさのキューブサット(既存の技術を利用した箱形の小型衛星)で、ソーラーセイルの面積は86平方メートルだ。本体は小さいが、ニア・スカウトは小惑星1991VG上の写真を撮影したり、組成や大きさ、運動を調べられるさまざまな観測装置を搭載している。
NASAは、こうした調査は、将来の小惑星への有人ミッションの第一段階として欠かすことができないと考えている。例えば、宇宙飛行士が小惑星の表面で探査活動を行うときには、小惑星がゆっくり回転しているのか、ふらつきながら高速で回転しているのか、あらかじめ分かっていなければならない。また、小惑星が密に詰まった塊なのか、小さな破片が重力でゆるやかに集まっているだけなのかも知っておく必要がある。
方向転換技術
このミッションで、ニア・スカウトは少なくとも1回、小惑星の近傍を低速で通過する。具体的には、秒速10m未満まで減速して、小惑星1991VGから約1kmのところを通過する予定だ。
ここで、ソーラーセイルのもう1つの長所が役に立つ。ソーラーセイルは操作しやすく、従来の推進システムより優れた操作性が期待される場面もあるのだ。
大西洋上の帆船も宇宙空間をゆくソーラーセイル探査機も、帆を操ることで非対称な推進力を生み出している点は同じである。それにはさまざまな方法があり、宇宙版のマストや操帆装置を用いる手もある。日本のイカロスには電気式の調光フィルムが搭載されていて、これに電圧をかけると黒くなり、光子を反射せずに吸収するようになる。その結果、帆の一部が光子に押される力が他の部分の半分程度になり、探査機を傾けることができる。
ニア・スカウトは、これとは違ったアプローチをとる。ブーム(帆のすそを張る棒材)に対して本体の位置を前後に動かすのだ。
「コーラの缶を私たちの探査機だとして、その上に紙を載せてみましょう。これが帆です。私たちは宇宙で、この紙を左右に動かすわけです」。帆を傾けることによっても、スピードは調節できる。
ソーラーセイルの新たな応用可能性
ソーラーセイルの操作性と、太陽から安定して供給される推進力からは、興味深い可能性が見えてくる。
例えば、太陽の北極を調べるために、探査機に黄道面(太陽系の惑星が公転する面)を離脱させたいとする。貴重な燃料を使わずに探査機の方向と速度を大きく変えようとしたら、天体の重力を利用したスイングバイを行わなければならない。「今の技術では、探査機に黄道面を離脱させ、大きな軌道傾斜角をもつ軌道に投入するためには、探査機を木星に近づけて、その重力を利用してスイングバイを行わなければなりません」とジョンソン氏は言う。「帆があれば、ちょっと傾けてやるだけでよいのです」。
もう1つの応用可能性は「極静止衛星」だ。現時点では、地上から見たときに人工衛星が空のある一点に静止しているようにするには、赤道上の高度約3万5786kmの静止軌道に投入するしかない。静止軌道は通信衛星に適しているが、高緯度地域の国々では地表からの角度が低すぎて使えない。
ここでソーラーセイルがあれば、「地球の北極か南極の上空で、地球が太陽のまわりを公転するのと同じ速度で軌道運動するようにすればよいのです」とジョンソン氏。「衛星が地球の重力に引かれて落下しないようにするには、常に上向きの推進力を得られるように帆を傾ければよいのです。そうすれば、北極の上でも南極の上でも衛星を静止させられます」
ソーラーセイル探査機は、大航海時代の帆船と同じように、帆を広げて、星々に導かれて進んでゆく。そこからどんな発見がもたらされ、関連技術が私たちの生活をどのように変えるのか、期待は高まる。
(文 Wendy Koch、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2016年2月8日付]