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ベートーベンのすべてに挑むピアニスト 小菅優さん

2016/2/14

 「ありがとうねって言ってきました」。ドイツ在住のピアニスト、小菅優さんは昨年末、ウィーンにあるベートーベンの墓を訪れ、感謝の気持ちを伝えた。日本人の女性ピアニストとしては異例の若さの30代で、ベートーベンのピアノソナタ全32曲のCD録音を無事終えることができたお礼参りだ。さらにもう一つ、敬愛する偉大な作曲家の墓所は次のステップを踏み出す誓いの場でもあった。

 小菅さんにとってベートーベンは特別な存在。「きれいとか面白いだけではなく、頭と心の葛藤とか、わたしたち人間が直面する壁にどんどんぶつかり合っていくような……。それでいて最終的に肯定的な姿に引かれる」。ピアノソナタ全曲に挑む中で、小菅さんは「もっと彼のことを知りたい」との思いを強くしたという。

 生誕250年の2020年に向け、協奏曲や室内楽から歌曲までピアノ付きの曲全てを弾く。これが小菅さんの新しいプロジェクト「ベートーベン詣(もうで)」だ。作品番号が付いていない珍しい曲も発掘する。「亡くなった犬のために書いた曲なんかもあるんですよ」とうれしそうに笑う。寺や神社へのお参りを表す「もうで」には「尊敬の念を持って全作品を訪ねる」という意味を込めた。

 インタビュー前日の1月19日、東京都小平市で小菅さんが開いたピアノソナタ3曲の演奏会でのこと。27番と28番をつながった一連の楽曲のように間断なく弾き、聴衆が拍手のタイミングに戸惑うシーンがあった。「ハーモニーが続くし、テーマ的にも叙情的なベートーベンの一面という共通点があって、どうしてもつなげて弾きたかった。生きていて良かったなと思わせる瞬間や、慰めとか、人間の優しさとかたくさんあって」と語る。

 幼少時に渡欧し、異国で道を切り開いてきた小菅さんの強みは企画力だ。20代後半から始めたソナタ全曲録音はもちろん、ピアノ付きの全作品を取り上げるという試みも、彼女の企画実行力のなせる技だ。片っ端から資料に当たり、作品の背景などあらゆることを考え抜く。その上で「1人では絶対にできない。人に思いを伝えることが大事。どこのホールでやりたいかとか、細かい作業を積み重ねてやっと実現する。そこまでする情熱があるかどうか」。音楽という再現芸術を担う演奏家。その役割を忠実に果たそうとしている。

(映像報道部 桜井陽)

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