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「第二の人生」へ実業家デビュー、中田英寿氏に聞く 編集委員 小林明

2016/2/19

元プロサッカー選手の中田英寿さんが“実業家”として「第二の人生」を踏み出す――。

このほど初の事業会社「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」(本社・東京)を設立して社長に就任し、酒や工芸など日本文化の本格的なPR活動に乗り出した。「人生をかけてもいいというものがようやく見つかった。これは一生続けていくライフワーク。今後はプロとして仕事に取り組みたい」と意気込みを語る。            

■日本文化の世界発信へ事業会社、「プロとして取り組む」

中田さんは2006年のW杯ドイツ大会後にサッカーを引退してから、「サッカーに代わって情熱を注ぎ込めるもの」を探して世界各地を放浪し、09年からは日本国内の食文化や工芸など伝統文化の担い手を訪ね歩いてきた。ようやくたどり着いたのが「日本の食文化やものづくりを世界に広める」という新しい夢だ。

なぜ今、事業会社を立ち上げたのか?

日本の食文化やものづくりのどこに魅了されたのか?

具体的にどうやって世界市場に売り込むのか?

実業家として今後のビジョンや経営理念、マーケット戦略、人生観などについて中田さんに単独インタビューした。

中田さんが迎えてくれたのは東京・赤坂のアークヒルズにある事業会社の本社オフィス。白を基調にした壁。落ち着いた木製の長テーブル。背後の大きな窓から柔らかい昼の日差しが差し込んでいる……。

昨年11月に開設したばかりという真新しい社長室で、中田さんは「第二の人生」にかける情熱を語り始めた。

■会社設立の狙いは継続・ビジネス、「第二の人生」見つけるのに10年

「文化を伝えたり、作ったりするのはすぐにはできない。時間がかかるもの。僕が会社を設立したのは、単発では終わらせずに継続して取り組みたかったから。ビジネスとして成り立たせる仕組みを作りたい。でも単なるお金もうけが目的ではない」。自らの事業会社を立ち上げた狙いについてこう語る。

「僕は漫画『キャプテン翼』の影響で8歳からサッカーを始め、18歳から11年間はプロ選手としてサッカーをしてきた。なぜなら熱い情熱をそこに感じてこれたから。第二の人生もスタンスはまったく同じ。サッカーと変わらない情熱を感じている。サッカーを辞めて以来、次に取り組む人生がなかなか見つからなかったが、10年かかってようやくその出発点に立つことができた」。中田さんにとっては人生の大きな節目を迎えたことになる。

■衰退する日本の「宝」を救え、「目利き」と「代理店」の機能を請け負う

中田英寿さんが設立した「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」本社(東京・赤坂)

きっかけは09年から始めた日本国内の旅だった。サッカーを辞めて世界を放浪したとき、自分が日本のことを知らないことに気づき、全国の食文化やものづくりの現場を回り始めた。養豚場、かつお節、有田焼・唐津焼、微生物農法、旅館、紬(つむぎ)織り、温泉、盆栽、手すき和紙、豆味噌……。全国47都道府県を南の沖縄から順次巡回し、そこで伝統文化が衰退していく現実を目の当たりにする。

「食文化や農業、ものづくりの現場を見たときには、日本の『宝』を見つけたと思った。でもせっかく素晴らしいものを作っているのに、PRが下手だったり、海外や時代のニーズをつかめなかったりして、衰退を余儀なくされている。それなら、作り手の情報を消費者や市場に発信すれば、市場がうまく育ち、ビジネスとして成り立つのではないか。そうすれば、多くの人が幸せになれる。それが自分ができることではないかと感じた」。「第二の人生」を見つけた瞬間をこう振り返る。

「目利き」として自分の感性や勘を頼りに文化を選び、「代理店」として作り手の情報を市場に発信し、作り手と消費者をつなぐ――。これらの機能を中田さん自身が請け負うという発想だ。

酒蔵を訪れ、日本酒造りを学ぶ
集中して利き酒に取り組む

■ワインに負けない日本酒、250の酒蔵を巡り酒造りを体験

まず目を付けたのが日本酒。中田さんはサッカーでイタリアに渡り、本場のワインの世界に出会ってから酒のすばらしさやおいしさに開眼。さらに日本国内の旅を通じて、日本酒にもワインに負けない味わいや奥深さがあることに気がついた。和食だけではなく、フレンチでもイタリアンでも世界の様々な料理に合わせることもできる。

米作りの現場にも通った

「和食が世界でこれだけ評価されているのに、日本酒の文化はまだ知られていないし、確立もされていない。なんとかできないものか……」。中田さんは日本国内に1000以上の蔵元があるなかから約250の酒蔵を自分の足で巡り歩き、酒造りを体験し、基礎知識を学んだ。材料になる米作りの現場にまで足を伸ばしたという。

「日本酒は自然の恵みからできる生き物。温度、湿度、環境づくりなどすべてが酒造りになる。南北に長い日本は気候風土が多様なので、全国に様々な素晴らしい日本酒がある」と魅力を語る。

■100銘柄をテーマ別に紹介、日本酒セラーや容器の開発も

第1弾として中田さんの事業会社が手掛けたのが2月5~14日まで東京・六本木で開いた日本酒のPRイベント「CRAFT SAKE WEEK」。中田さん自身の目で選んだ全国100の蔵元を集めて、1日10銘柄に絞り、「福島ドリームチーム」「偉大なる秋田地酒大軍団」などテーマごとに日本酒の魅力を有料で紹介した(参加料3500円=酒と料理券、グラスとおちょこ付き)。

「高品質の日本酒をきちんと勉強できる場を提供したかった。たくさんの銘柄を一度に味わっても忘れてしまうので1日10銘柄に絞った。自分で体験することが最も大切。自分の好みのレストランを探すのと同じように、好みの日本酒を探して欲しい」と呼び掛けている。

全国100蔵元の日本酒を紹介した「CRAFT SAKE WEEK」(東京・六本木)。中田さんの事業会社が初めて手掛けたイベント

さらに中田さんが提唱しているのが日本酒の温度管理。「ワインにはワインセラーがあって、細かく温度管理ができるからいい状態で保存でき、高い価値が付く。同じ醸造酒である日本酒も温度管理をしないと品質が早く劣化してしまう。保存に適した温度帯は日本酒とワインでは異なるが(注=日本酒の方がワインより低い)、日本酒も適切な温度管理をすれば寿命が格段に伸び、味わい方も大きく変わってくるはず」と期待を寄せる。目下、プロダクトデザイナーの佐藤オオキさんらと“日本酒セラー”の開発に取り組んでいるという。

■サッカー五輪代表、キング・カズ、本田圭佑…… 「試合はあまり見ていない」

日本酒を味わうためのグラスや陶器の開発も検討している。「たとえば冷酒を飲むとワインのように香りがあり、時間とともに味が変わっていく。でもそれをおちょこで飲むと、香りが変わる前に飲み終わってしまう。香りもなかなか立ちにくい。日本酒をマスで飲むのも雰囲気があるが、マス自身の香りが強いので酒の香りが消えてしまう」。大きさ、形状、厚み、素材の質感……。器によって日本酒の味わいは格段に豊かさを増す。日本酒に合うイタリア料理やフランス料理の新メニュー開発など夢はますます膨らむばかりだ。

サッカーへの興味はまったく薄れてしまったのだろうか?

リオデジャネイロ五輪への出場を決めたサッカーの日本男子代表(U―23)の試合に水を向けると「僕にとってサッカーはあくまでも自分でするものであって、他人がやっているのを見るものではない。だからサッカーの試合は、現役時代も現在も実はあまり見ていない」と淡々とした反応。

48歳でなお現役にこだわり続ける「キング・カズ」こと三浦知良選手のサッカー人生については、アスリートとしての敬意は表しつつも「人生は人それぞれだと思います」とひと言だけポツリ。同じイタリアのセリエAでプレーしている本田圭佑選手(ACミラン所属)の活躍について感想を聞いても「僕はニュースもほとんど見ないのでよく分からない」と多くを語ろうとはしなかった。

少なくとも、自分がプレーしていないサッカーを“解説”することにはあまり興味を感じていないようだ。

■日本文化の伝道師、「世界に広がり、定着すれば僕の勝ち」

インタビューに答える中田英寿氏

1年のうちの4~5カ月程度は海外で生活。日本にいても地方に行っていることが多く、東京に滞在している時間はそれほど多くないそうだ。「いまでは多くの時間を日本文化発信のために費やしている。特定の場所に使わない家があっても意味がないので、買ってもいないし、借りてもいない。だから、ずっとホテル暮らしを続けている」という。

最後に中田さんはこう強調してインタビューを締めくくった。

「イタリアのセリエAや英国のプレミアリーグでプレーするなど、僕はサッカーでもいつも世界を目指してきた。設立した会社でも同じように世界を目標に据えたい。10年後、20年後に日本酒の文化がワインのように世界に広がり、定着できたらすばらしいこと。そうなったら僕の勝ち。それが僕の夢であり、目標でもある」

今後は日本文化の伝道師として、世界を相手にサッカーに負けないくらい熱い情熱を注ぎ込む覚悟だという。

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著者:小林 明
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