NODA・MAP「逆鱗」強烈な視覚効果を生む奇想

見えないものを見せる。時空を超える不思議な出合いを引き起こす。演劇のシュールレアリスムをつむぎ続ける野田秀樹がこれまでを超える独創的な演出をみせた。振付の井手茂太(イデビアン・クルー主宰)、衣装のひびのこづえをはじめ、美術、美粧、選曲・効果などのプランをまとめあげ、総合的なチーム力でイリュージョンを体感させる。

2013年の「MIWA」以来となる新作台本は人魚をめぐる妄想の演劇である。水族館の水槽と海の底とを行ったり来たり、ドアが異次元への出入り口となる。水族館の下に人魚が生息するという謎の伝説をめぐって水族館員、鰯(いわし)ババア、人魚学者らが入り乱れて大騒ぎ。人魚ショウで一旗あげようとする水族館に松たか子演じる「人魚」(役名NINGYO)が潜入し、70年前の海中で起きた悲惨なできごとへと誘う。すると舞台上でおそろしい光景が再現されるのである。軽みと笑いを追求する前半がなかなか膨らみきれないきらいがあるが、終盤の急展開は息をのませるに十分だ。

暗い舞台空間(服部基照明)に水の気配を満たす演出がうならせる。演出家としての野田は最小限の装置を用い、その質感や視覚効果で巨大な幻を生じさせる手法を探求してきた。そうした過去の実験が、今回最高の練度で織り上げられている。東京五輪に向けた文化プログラムとして始動した野外カーニバル「東京キャラバン」の試演をほうふつとさせる場面もある。

野田秀樹といえば、かつては奇想天外な言葉遊びで観客をびっくりさせたものだが、今は身体表現が生む動きの連鎖が意外な展開を生みだしている。人の塊が走って横切ると水槽の鰯の群れに。透明な円盤を器械体操のように動かすと鱗(うろこ)やあぶくに。雪のように降り注ぐ破片は鱗のきらめきに。象徴的表現が簡潔にして雄弁。色、音、声、舞。演劇の総合化がこの舞台にある。

ギリシャ神話や童話を創作の源としてきた野田にとって、人魚は極めつきの題材。戦争の罪業を暴きだす作劇もくりかえし試みられてきたもの。その出合いから、ど真ん中の直球といえる舞台がつくられるのは当然だろう。神話のセイレーン(人魚)は美しい歌声で船上の人間を惑わす。アンデルセン童話の人魚姫はおぼれ死ぬ間際の王子を救い、恋をする。小川未明の人魚は人間に裏切られ、のろいをかける。それらの物語が緑色の髪をした美しくも奇怪な松たか子に憑依(ひょうい)する(柘植伊佐夫美粧)。どこか映画の「アバター」風、だがこのイメージは鮮烈だ。

人魚は逆鱗(げきりん)を食べる。劇を貫く奇想が強烈な視覚効果を生む。大きな魚が切り刻まれ、ひくひく動く無残さ(堀尾幸男美術)。人と魚が深海で合体する怪物はいわばその痛覚から生まれ、激しい怒りはやがて大日本帝国が実行した悲劇的作戦の幻を呼び寄せる。さて謎の人魚の正体は……。

NODA・MAPの演劇を見続けている観客なら、この舞台が野田演劇のひとつの定型のうちにあることがわかるだろう。妄想を生む時空間に入り込む潜入者が死者の声を聞き、思いのたけを吐かせる。能になぞらえれば、正体を現した後ジテが現世で果たせなかった思いを吐露し、ひとしきり舞うのに似る。これは原子爆弾投下をとらえた1999年の「パンドラの鐘」以来書き継いだ戦争演劇の系譜にある新作であり、前作「MIWA」に現れた「海の底ひ」の人魚幻想を継ぐ舞台といえそうだ。

言葉の連想力として考えれば若書きの諸作にみられたみずみずしさはさすがにない。人魚を武器に見立てる言葉遊びは衝撃的ながら、直接的すぎる感もある。けれど構想を立体化する演出の進化はめざましく、恐怖が狂信を生むこわさを多角的に印象づける。松たか子の「人魚」はいつしか歴史の告発者となり、水底に眠る「声」そのものと化していく。人魚の形がゆらゆら揺れて、いつしか発射される水中の武器にみえるシーンが鮮烈だ。

難しい言い方になるけれど、この舞台の急所は言葉の分裂にある。内面の声と建前の声。死にたくない本音と体制に順応する保身のささやき。70年前の作戦場面で対極の声を聴いて引き裂かれる阿部サダヲの哀感あふれる演技がいい。この劇では、戦争が内面の声を発せられない悲劇としてとらえられるのである。

終盤の急展開に怒りがあらわ。命をないがしろにする声に異議申し立てをする「人魚」の声がきりきり響く。終盤は安心して見られる娯楽劇の水位を超えるが、還暦を迎えた野田の同時代に対する危機感がそうさせたというべきだろう。重い題材をいかに軽快に描くか。芝居は面白くないといけないと考える異能の演劇人による、ぎりぎりのエンターテインメント。

松たか子の明晰(めいせき)な声が耳を刺激する。発声に慈愛がにじむのは、この女優の美質。阿部サダヲが戦争のいたみを体現し、鰯ババアの銀粉蝶が怪物の奇怪さを母の悲しみへと一気に転化させた。池田成志の劇を浮揚させる大仰なおかしさ、野田その人の場をかきまわす瞬発力。井上真央がたくましくなり、瑛太、満島真之介が懸命。スター中心の座組みながらチーム力が際だつのは、演出家の熱のたまものといえる。

謎解きの詳細は記さないが、忘れがたい最後の風景だけは書いておきたい。戦争でむなしく海中に散った若者の魂が天から降る光の破片で表されたのだ。鱗の破片とも見えるそれを散る桜に見立ててもよいだろう。演出家、野田秀樹がしぼりだした散華のシーン。「声」たちが深海に溶けていく静けさが深い。2時間15分ほど。

(編集委員 内田洋一)

3月13日まで、東京芸術劇場。3月18~27日、大阪・シアターBRAVA!。3月31日~4月3日、北九州芸術劇場。