ライフコラム

一条真也の人生の修め方

ブッダ最初の教え『慈経』のメッセージ

2016/2/16

 いま、わたしはインドに来ています。副座長を務めている「アジア冠婚葬祭業国際交流研究会」の海外視察に参加しているのですが、現地では聖なるガンジス川をはじめ、サルナート、ブッダガヤ、ラージギルなどの仏教聖地を回っています。わたしのバッグには『慈経 自由訳』(三五館)という本が入っています。ブッダの最初の教えとされるお経をわたしが自由訳したものです。

 わが社では、北九州市の門司港にある日本唯一のミャンマー式寺院である「世界平和パゴダ」の支援をさせていただいています。そのご縁で、2012年8月、わたしはミャンマー仏教界の最高位にあるダッタンダ・エンダパラ大僧正から1冊の本を手渡されました。それは、『テーラワーダ仏教が伝える 慈経』という本でした。テーラワーダ仏教とは「上座部仏教」のことで、ブッダの本心に最も近いとされる仏教です。

 「慈経」は上座部仏教の根本経典であり、大乗仏教における「般若心経」に相当します。「般若心経」は非常に形而上的というか、抽象的な内容ですが、「慈経」はきわめて具体的な内容が記されています。

 同書の「序文」の冒頭には、次のように書かれています。

 「仏教の教えは『戒』『定』『慧』の実践にあります。その実践は、ブッダ(仏陀=お釈迦さま)、ダンマ(法=正しい真理の教え)、サンガ(比丘集団)の三宝を尊敬・礼拝し、帰依することから始まります」

 また、「序文」には次のようにあります。

 「生命のつながりを洞察されたお釈迦さまは、人間が浄(きよ)らかな高い心を得るために、すべての生命の安楽を念じる"慈しみ"という優しく、温かい心を育てる『慈経(メッタ スッタ)』を説かれたのでした。メッタ(悲しみ)は、大いなる友情とも訳されます。『すべての生きとし生けるものは、健やかであり、危険がなく、心安らかに幸せでありますように』と念じるお経です」

 それでは、「慈経」にはどういう教えが示されているのでしょうか。

 戒・定・慧を高めて涅槃(ねはん)を求めている瞑想(めいそう)者のために、ブッダは「慈経」の中で「14の為(な)すべき法(カラニーヤ ダンマ)」を説きました。さらに「メッタ(慈しみの心)の12の功徳」というものも説かれています。以下の通りです。

1.心身ともに健やかで、努力があること。

2.身、口の行為が正しいこと。

3.意(心)はさらに正しいこと。

4.師の教えをよく守り、忠告を受け入れること。

5.身、口の行為が柔和なこと。

6.高慢でないこと。

7.貪りなく足ることを知ること。

8.与えられたもので暮らすこと。

9.雑務は少ないこと。

10.簡素に生きること。

11.諸々の感覚器官を鎮めること。

12.ヴィパッサナーの智慧を備えること。

13.身、口、意(心)の行為は粗雑でないこと。

14.在家の人々に執着しないこと。

 ここに出てくる「ヴィパッサナー」とは「よく観る」「物事をあるがままに見る」という意味です。伝統的に上座部仏教では「ヴィパッサナー瞑想」が行われます。

 「慈経」のメッセージに魅了されたわたしは、その自由訳を決意しました。そして、2014年3月に念願かなって『慈経 自由訳』を出版することができました。「般若心経」の自由訳なら多くの方々が手掛けられています。でも、「慈経」の自由訳は初めてだと思います。わたしは、「慈悲の徳」を説く仏教の思想、つまりブッダの考え方が世界を救うと信じています。「ブッダの慈しみは、愛をも超える」と言った人がいましたが、仏教における「慈」の心は人間のみならず、あらゆる生きとし生けるものへと注がれます。

 生命のつながりを洞察したブッダは、人間が浄らかな高い心を得るために、すべての生命の安楽を念じる「慈しみ」の心を最重視しました。そして、すべての人にある「慈しみ」の心を育てるために「慈経」のメッセージを残したのです。

 そこには、「すべての生きとし生けるものが幸せであれ 平穏であれ 安らかであれ」と念じるブッダの願いが満ちています。また、「慈経」には、わたしたちは何のために生きるのか、人生における至高の精神が静かにうたわれています。わたしたち人間の「あるべき姿」、いわば「人の道」が平易に説かれているのです。

 「足るを知り 簡素に暮らし つつましく生き」といった仏教の根本思想をはじめ、「相手が誰であろうと けっして欺いてはならぬ」「どんなものであろうと 蔑んだり軽んじたりしてはならぬ」「怒りや悪意を通して他人に苦しみを与えることを望んではならぬ」といった道徳的なメッセージも説かれています。その内容は孔子の言行録である『論語』、イエスの言行録である『新約聖書』の内容とも重なる部分が多いと、わたしは思っています。

 「慈経」の教えは、老いゆく者、死にゆく者、そして愛する人を亡くした者に心の平安を与えてくれます。人生を修めるための最高のテキストではないでしょうか。

一条真也(いちじょう・しんや)本名・佐久間庸和(さくま・つねかず) 1963年北九州市生まれ。88年早稲田大学政経学部卒、東急エージェンシーを経て、89年、父が経営する冠婚葬祭チェーンのサンレーに入社。2001年から社長。大学卒業時に書いた「ハートフルに遊ぶ」がベストセラーに。「老福論~人は老いるほど豊かになる」「決定版 終活入門~あなたの残りの人生を輝かせるための方策」など著書多数。全国冠婚葬祭互助会連盟会長。九州国際大学客員教授。12年孔子文化賞受賞。

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