認知症を患う91歳の男性が徘徊し、列車にはねられて亡くなった事故をご記憶だろうか。
この事故ではJR東海が遺族に対し振替輸送費などの損害賠償を求め、名古屋高裁は2014年、監督が不十分だったとして、男性の監督義務者である80代の妻に約360万円の損害賠償を命じている。現在はJR東海、妻側とも最高裁に上告中である(16年2月1日現在)。
このように、他人に損害を与えた本人が認知症などで「責任能力なし」でも、監督義務者である親族が損害賠償を請求され得る。別居の子供や後見人が監督義務者でも、義務を怠った、あるいは怠らなくても損害が生じたと推測されたら責任を問われる可能性がある。
個人賠償責任保険で家族の賠償金をカバー
厚生労働省が15年1月に発表した見通しでは、認知症の高齢者は、25年に現状の1.5倍の700万人に達する。65歳以上人口の約5人に1人の割合だから、「親族に必ず認知症患者が1人はいる」という時代に突入する。監督義務者として賠償義務を負うことは、もはや誰にとっても他人事ではないのである。
こうした場合、個人賠償責任保険が役立つことがある。この保険は、本人またはその家族が、日常生活上(仕事上で生じた責任は対象外)で誤って他人に怪我をさせたり他人の物を壊したりして、賠償金や弁護士費用などを負担した時の損害を補償する。人の身体や物に実際に損害を及ぼし、法律上の責任が発生していることが保険金支払い要件だ。
例えば、自転車の運転中に他人にケガを負わせたり、ベランダから植木鉢を落とすなどして第三者にケガをさせたりした時、被害者への賠償金などを補償する。認知症で本人に責任能力がない場合、監督義務者が負うべき賠償金も補償される。
「世帯ごと」に必ず入ろう
個人賠償責任保険は単独では契約できず、火災保険や傷害保険、自動車保険などの特約として契約するのが一般的である。ただし、どの保険の特約であっても、見落としてはならないのは個人賠償責任保険の被保険者の範囲だ。通常、1つの契約で同居の親族全員が補償されるので、親が契約をしていれば、同居する親の監督義務者である子供が負う損害賠償責任も補償される。
ところが「子供とは別居」、もしくは「同居だが親とは別生計」(世帯分離など)、「区分居住」(二世帯住宅など)の場合、親が契約した保険の被保険者に子供は含まれず、子供の世帯で別に契約が要るケースもある。親族でない人が後見人を務める場合も、自身で加入しておかなくてはならない。突発事故による損害賠償額は予測がつかないため、世帯ごとに加入することが重要だ。
なお三井住友海上火災保険とあいおいニッセイ同和損害保険は、15年10月以降の契約から、個人賠償責任保険の被保険者の範囲を従来よりも広げ、本人とは別居・別生計の親族および後見人も被保険者としている。
生活設計塾クルー。学生時代から生損保代理店業務に携わり、2001年、独立系FPとしてフリーランスに転身。翌年、生活設計塾クルー取締役に就任。『地震保険はこうして決めなさい』(ダイヤモンド社)など著書多数。財務省「地震保険に関するプロジェクトチーム」委員。
[日経マネー2016年2月号の記事を再構成]