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ジャムパン、週末の至福 かこ さとしさん 食の履歴書

2016/2/5

 生まれ故郷で、幼少期を過ごした福井県武生(現・越前市)の朝ご飯は、味噌汁とハタハタだった。海から少し離れた雪深い街に、漁港からおばさんが山を越えて売りに来る。1食に2匹もらえたが、子どもにとっても身はちょっぴり。「しょうゆをかけて、エンガワからしっぽ、頭までガリガリかじって食べた」。今も魚は頭が好物。身よりも頭をせせるのが趣味のようになっている。

絵本作家、児童文化研究者。1926年福井県生まれ。89歳。東京大学工学部卒、工学博士。59年に初の絵本「だむのおじさんたち」。物語や科学絵本など作品は600点を超える。代表作に「だるまちゃんとてんぐちゃん」(福音館書店)、「からすのパンやさん」(偕成社)など。 【最後の晩餐】太刀魚の塩焼きです。京都出身のお袋がよく作ってくれました。背中のエンガワのところから片側の身を上手に取ると、背骨がきれいにとれて。小さい頃から大好きです。学生時代のお正月、列車の通路で寝て帰省したときも「よく帰ってきた」と出してくれて、おいしかったですね。 =写真 岡村 享則

 昭和初期の冷蔵庫もない時代、夏場はご飯も夕方には傷んでしまう。そんなご飯を主人や長男には出せないと、母はお茶漬けにして夕飯として食べた。自分も末っ子なりの子ども心で一緒に食べた。「別に嫌ではなかった。味はどうかなあ、と思ったけれど」

■野山の実、友達と競って口に

 おやつなど与えられなかった。代わりに食べたのは野山の実。野いちごのほかヘビイチゴも食べた。田んぼのあぜや土手を仲間と歩き、何か見つけては駆け寄って、我先にと食べた。

 おいしい野いちごは、ぐずぐずしていると他の子どもにとられる。「朝早く目覚めて、顔を洗うと土手に飛んでいって取った」

 幼心に残る唯一のごちそうは、生まれて初めて見たライスカレー。中心街に建った公会堂の2階にある食堂へ父が連れて行ってくれた。「文化、文明の味はこんなにヒリヒリするものか」。一口食べては水を飲み、姉とワイワイ言いながら味わった。

 小学校2年生の6月、東京・板橋に転居した。母の買い出しにお供をした市場では「玄米パンのほやほや」を売っていた。パンなんて一度も食べたことがなかった自分にとっては、本当にごちそうに見えた。

 土曜日は、お弁当を持たされるかわりに「お昼にパンを買っていいよ」と5銭もらった。授業が終わると教室を飛び出し、学校の前にある文具店へ駆け込む。奥で、ブリキ缶のへりにこびりついたイチゴジャムを店のおばあさんがガリガリはがし、2枚の食パンに塗って合わせて、新聞紙に包んでくれる。教室に戻ってかぶりつく。「こんなにおいしいものなのか」

■80を超えるパンが登場する絵本も

 パンダパン、テレビパン、でんわパン……1973年初版の絵本「からすのパンやさん」(偕成社)にはからすの親子が焼いた80を超える様々なパンが登場する。「見ただけでおいしさが浮かび、匂いまで伝わるような絵を描いてこそ」。見開きページいっぱいに描いたのは、子ども心に憧れた味だ。

 空襲で焼け出されて父の郷里、三重に疎開した。食糧難で食べられる雑草は何でも口にした。今でも道ばたの草を「えぐい」「2、3回さらすと食べられる」などと見分けられるので「他の人が飢え死にしても、僕だけは食べていける自信がある」。

 戦争が終わって大学に復帰したころ、朝起きてまず考えたのは「今日、どうやって食事をするか」。大学病院で刻んだ冷凍リンゴが入院患者に配給されると聞けば、付き添いのふりをして手に入れた。ガスと電気が通っていた工学部の実験室に文科の金持ち連中が「炊かせてくれ」と米を持ってくると「半分よこせ」と一緒にご飯を食べた。

 食べ物があれば分けるのが当たり前だった。化学会社に就職したのは戦後の混乱期。当時ボランティア活動で通った川崎の街角、大人が分け合うのをまねて、子どもたちがまんじゅうを分けていた。独り占めするより皆で食べる方が楽しいと知っていたのだろう。

 子どもたちは絵本作りの先生だった。力作の紙芝居でも、つまらないと黙っていなくなる。面白いとじっと聞いていて「もう一回やれ」「続きを作れ」と注文の嵐だ。絵の隅々まで全部見ていて、表情や動きから状況が読み取れるとニンマリ喜ぶ。「欲張りで目が高く、的確で厳しい。子どもたちがたくさん教えてくれた」と振り返る。

■味も匂いも 絵本で届ける

 シリーズ「たべものえほん」(農文協)など、食がテーマの作品は数多い。食べ物はきれいで美しく、生命を育んでくれるもの。「せっかく命を捨ててくれているお魚ちゃんの、いいところだけ食べるのではダメ。頭の骨から目玉まで、すべてせせってこそお魚ちゃんは浮かばれる」

 ぜいたくと縁遠かった時代に育ったおかげで、食べ物のありがたさを身にしみて感じている。それだけに、ガツガツ食べるさまは人間らしくないと思う。「食べる時間に周りの人と楽しく語らい、五感を総動員しておいしさを堪能してほしい」

 絵本作家専業になるまでの25年間、化学会社では研究所に勤めた。蒸したり焼いたり、さらなるおいしさを求めて技術を学んだり――化学者の目から見ても、台所は食の秘めた様々な可能性を引き出す見事な化学装置だ。

 食には人間らしく生きる喜びが詰まっている。そして、それを満喫することがいかに大切か。物語絵本や科学絵本を通じて子どもたちに伝えたい。

■故郷・福井のハタハタの生干し

福井・三国の旅館、望洋楼が東京・南青山に出している「ふくい、望洋楼」の「ハタハタのひとしお」

 90歳を目前に、家の外で食事をする機会はめっきり減ったが、郷里・福井の食材が手に入ると懐かしく味わう。子ども心にもおいしいと感じたハタハタが今も一番のお気に入り。「身離れが良く、淡泊でも味がある」。越前地方では「ひとしお」と呼ばれる薄塩仕上げの生干しが有名で、現地から送ってもらって楽しんでいる。

 最盛期は2~3月で越前ガニの旬に重なる。このため水揚げも不定期になるが、福井・三国の旅館、望洋楼が東京・南青山に出している「ふくい、望洋楼」(電話03・6427・2918)は「ハタハタのひとしお」(3尾税込み1300円)を提供する。

 隣接する福井県のアンテナショップ「ふくい南青山291」(電話03・5778・0291)でハタハタやへしこなど福井の産品を扱う催事や店の最新情報が手に入る。

(南優子)

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