日韓クラシック音楽交流、「51年目」の手ごたえチョン・ミョンフン、キュウ・ウォン・ハンら、日本でも人気

和音と不協和音。昨年、国交正常化50周年を迎えた日本、韓国の外交関係は「一貫して良好」とはいえないが、クラシック音楽の分野では交流が日常化している。

チョン・ミョンフン指揮ソウル・フィル、東京フィル合同の「第9」(昨年12月26日、東京・渋谷のオーチャードホール。写真提供=東京フィルハーモニー交響楽団)

2015年も押しつまった12月26日。東京・渋谷の東急文化村オーチャードホールで、日韓音楽交流の深まりを象徴する演奏会があった。ソウル・フィルハーモニー管弦楽団、東京フィルハーモニー交響楽団が韓国人マエストロ(巨匠)、チョン・ミョンフンの指揮でベートーヴェンの「交響曲第9番『合唱付き』」を一緒に奏でた。22日にソウルの世宗(セジョン)文化会館での初日に続く2度目の公演。ソウルでは東京フィル楽員、東京ではソウル・フィル楽員が首席の側に座り、4人の独唱者も日韓半々。26日の合唱には東京韓国学校の児童生徒の選抜メンバーも加わった。

電撃辞任直前の快挙

2日後にチョンがソウル・フィル音楽監督を電撃的に辞任、結果として東京で同フィルを振る最後の公演になってしまった。楽団幹部との確執が原因とされ、楽員との関係には問題がなかった。26日も桂冠名誉指揮者を務める東京フィルともども、日韓2つの「マイ・オーケストラ」の力をフルに引き出した熱く、スケール雄大な名演奏が客席を熱狂の渦に巻き込んだ。それぞれ単独のコンサートではめったに聴けない、深くブレンドされた響きだった。アンコールに終楽章のコーダ(結尾)が再び奏でられた後、隣りどうしの両フィル楽員が次々と握手をかわし、最後は抱擁で健闘をたたえ合った。

ソウル、東京での2公演の成功を喜び合う東京フィルの三木谷浩史理事長(左)と黒柳徹子副理事長(写真提供=東京フィルハーモニー交響楽団)

終演後のレセプションでは完全な民間主導イベントの実現に奔走し、ソウル公演にも駆けつけた三木谷浩史理事長(楽天会長兼社長)、「紅白歌合戦」の総合司会を5日後に控えた黒柳徹子副理事長(女優)ら東京フィルの幹部も興奮の面持ちでマエストロを囲みソウル、東京での成功に酔った。

ドイツの文豪、シラーの詩にベートーヴェンが手を加えた「第9」の歌詞は「すべての人類が兄弟になる」とうたう。チョンも公演に先立ち、「音楽は競い合う『競争』ではなく、ともに創り上げていく『協奏』です。日韓の音楽家が力を合わせて、アジア諸国間の協調を推進する1つの音を生み出し、アジアから世界に向けて友好と平和を発信したい」と、メッセージを発信していた。

1965年に日韓の国交が正常化した後も音楽、少なくともクラシックの分野の交流は順調に拡大してきたわけではない。他ならないチョン自身、74年のチャイコフスキー国際音楽コンクールのピアノ部門で第2位を獲得した翌年、アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団の日本ツアーに同行した時と、78年にスタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮読売日本交響楽団の定期演奏会へ出演した時の2度にわたって「朝鮮人ピアニスト」への不適切な発言にさいなまれた。以後17年間、指揮者としての名声が高まる過程でも来日を拒み続けた。

終演後のレセプションで公演の意義を改めて説くチョン・ミョンフンさん(写真提供=東京フィルハーモニー交響楽団)

同じころ姉のヴァイオリニスト、チョン・キョンファも東京のある交響楽団の幹部(当時)から「キムチの臭いのするベートーヴェンはいらない」といった差別的発言を受け、国際問題に発展しかけた。70年代の日本楽壇・ファンはまだ、ベートーヴェンならドイツ人、チャイコフスキーならロシア人……と「本場」の演奏を崇拝する傾向が強く、自分たちが韓国人と等しくアジア人で、こうした音楽の輸入国であるとの自覚が滑稽なほどに欠けていたのだった。

95年、病気になったジョン・エリオット・ガーディナーの代役を急きょ頼まれて半ば渋々、英フィルハーモニア管弦楽団の日本ツアーを引き受け、日本での指揮者デビューを果たした。初日の晩、「幻想交響曲」(ベルリオーズ)の最後の和音が消えた瞬間に待っていたのは嵐のような歓声、巨大な拍手だった。舞台そでで「自分が日本人の聴衆に、これほど熱狂的に受け入れられるとは思ってもみなかった」と漏らしたチョンは以後、頻繁に来日を重ねてきた。

韓流ブーム、サッカーW杯共同開催も追い風

99年に新星日本交響楽団へ客演したのが縁となり、同響が2001年に東京フィルと合併した後も特別の関係を築き、今回の「第9」に実を結んだ。02年の国際サッカー連盟(FIFA)の「ワールドカップ」日韓共同開催、03年以降の「韓流ドラマ」ブームなども追い風となり、政治や経済の分野の蛇行とは対照的に、文化交流の絆は一貫して強まってきた。最近では09年の浜松国際ピアノコンクールに史上最年少の15歳で優勝、15年のショパン国際ピアノコンクール(ワルシャワ)でも韓国人初の第1位に輝いたチョ・ソンジンのように、日本を経由して国際市場に進出する韓国人アーティストも増えている。

「日本ほど聴衆の忠誠心を感じる国はない」と語るバリトン歌手、キュウ・ウォン・ハンさん(東京・大手町の日本経済新聞社で)

日本のテレビ番組でおなじみのバリトン歌手、キュウ・ウォン・ハンも日韓音楽交流の「平和の配当」を享受する一人だ。01年に「魔笛」(モーツァルト)のパパゲーノ役で日本へのオペラデビューを果たして以来、「韓流イケメン歌手」としてブレイクした。「日本人の聴衆は韓国人に近い感情を共有し、熱狂的であるだけにとどまらない。どこまでも忠誠で、毎回の公演に必ず何人か、同じ顔を見つけることができる。このように義理堅く、質の高い聴衆は世界でも、日本にしかいない。舞台スタッフも韓国とは比べものにならないほど、洗練されたプロフェッショナルの集団で、出演時のサポートは完璧。安心して舞台に立てるから、快適このうえない」と、手放しのほめようだ。

ロマンチックなバリトン

2月5日には東京・築地の浜離宮朝日ホールで「ロマンチック・バリトン・リサイタル」と銘打ち、日本で5年ぶりのリサイタルに臨む。ソプラノの斉藤純子、ピアノの榎本潤と共演し、オペラのアリアからドイツ歌曲(リート)、ニューヨーク仕込みのミュージカル・ナンバー、いずみたくの「見上げてごらん夜の星を」、新井満の「千の風になって」といった日本の定番まで、縦横無尽の歌唱力を披露する。「聖バレンタインデー(14日)が近いので、カップルでご来場いただき、うんとロマンチックな気分を盛り上げたいと思います」。一見雑多な曲目も「私の美意識、伝えたい物語、演技力のすべてを包み込んだ、音楽のパッケージだと理解してほしい」と、意気込みのほどを語る。

(電子編集部 池田卓夫)

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

演奏者 : ミョンフン(チョン), キム(キャスリーン), ヤン(ソンミ), カン(ヨセプ), ヨン(サミュエル), 韓国国立合唱団
販売元 : ユニバーサル ミュージック
価  格 : 2,808円 (税込み)

この愛を~イタリアを歌う

演奏者 : キュウ・ウォン・ハン
販売元 : エイベックス・エンタテインメント
価  格 : 3,000円 (税込み)

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