最初に入場料を払うことで酒が原価で飲めたり、飲み放題になったりする飲食店が、ここ何年かで増えている。なかでも好調なのが、2015年4月に新橋にオープンした「日本酒原価酒蔵」だ。入店の際に入館料として880円を払えば、全国各地の日本酒が原価で飲めるという。
同店を運営しているクリエイティブプレイス(港区)によると、飲み屋激戦エリア・新橋の路地裏で地下という不利なロケーションでありながら、リピート率は40%以上で、オープン後半年の累計来客数は8000人以上。11月には席数が1.5倍の上野御徒町店が2号店としてオープンした。2016年3月には3号店となる虎ノ門店もオープン予定だ。
日本酒が安く飲める店は多くあるなか、なぜ同店が好調なのか。その答えを探るべく、まずは新橋本店を訪れてみた。
メニューの解説が親切すぎて選べない
筆者が日本酒好きの友人を伴って新橋本店を訪れたのは、1月初めの土曜。開店直後とあってまだ店内に客の姿はなかったが、「混んできたら2時間制にさせていただく場合もあります」とスタッフに念を押された。友人はメニュー(仕入れ書)を見て、「信じられない!」と大興奮。グラス1500円前後で提供されることの多い「久保田 萬寿」は同店では1合(以下同)で876円で、一番安い「鍋島 特別本醸造」は231円。価格は通常の飲食店の3分の1程度という印象だ。
日本酒になじみのない初心者が50種類の中から好みの日本酒を選ぶのは難しそうだが、メニューブックにはそうした初心者用に日本酒のタイプを図式化した資料や、「仕入れ書の見方」などの説明書がついている。ただあまりにも情報が詰め込まれ過ぎていて、すぐには読みきれない気もした(後で熟読し、仕入れ書の記号の意味が頭に入るとがぜん面白くなるのだが)。パッと一目見て頭に入るよう、もっと情報を整理し、シンプルに見せたほうがいいような気がした。
2時間半ほどの間に筆者と友人が頼んだ日本酒は、5種類(324~1350円)で合計3084円。おつまみを7品(290~990円)頼み、入館料(880円×2人分)を加えた税込みの合計が9584円だった。いつもなら2人でこれくらい飲むと、酒代だけで1万円はいく。
後で聞いたところ、同店の平均客単価は3800円とのこと。男性ならだいたい日本酒を一人3合くらい飲む人が多いそうだが、2人でおつまみ3~4品を頼んでも1人4000円にはなかなかいかないそうだ。なぜこうしたスタイルで、多店舗展開できるほどの利益を上げられるのだろうか。
日本酒ブームといわれつつ、出荷量は年々減少
「日本のアルコール飲料出荷量のうち、日本酒が占める割合はたった7%。しかも日本酒ブームといわれながら、出荷量は年々減少している。『日本酒の良さを世界に広めたい』という以前に、日本人自身に日本酒の良さを知ってもらえる店が必要だと考えた」(上野御徒町店店長の奥村敬三氏)。
日本酒が敬遠されがちな理由のひとつが「価格」。一般に飲食店では、サワーやカクテルの約9割が利益、日本酒はそれより少ないとはいえ約7割が利益といわれている。「日本酒は原料が高価なうえに造るのに手間がかかるため、どうしても原価が高くなる。それにさらに利益をのせているから、気軽に手を伸ばしにくい価格になってしまう」(奥村店長)。そこで原価で販売すれば、価格に対する抵抗は減ると考えたそうだ。
また最初の出合いが質の良くない安い日本酒であることも、「日本酒はおいしくない」というイメージを持つ人が多い理由だという。「チェーン展開している居酒屋などでは原価率を抑えるため、低価格の日本酒しか置いていないことが多い。特に飲み放題では、1升せいぜい2500~3000円程度の日本酒しか仕入れられないはず。原価を切り詰めたものはやはりその原価なりの味しか出ない。一方、各蔵には力を入れていて、くっきりとした個性や表情がある酒が必ずある」(奥村店長)。
そこで同店では、純米吟醸以上に限定。3000~4000円以上のプレミア酒も25%を占めている。そのせいか「日本酒は苦手だと思っていたが、飲んでみたらおいしかった」と驚く客が多いという。
日本酒を原価で提供しつつ利益を確保するため、抑えているのがFLコスト(食材費と人件費)。特に人件費は一般の飲食店より8%程度低い20%前後に抑えられている。その理由のひとつが、オリジナルの一合瓶の採用。居酒屋でスタッフが時間をとられるのが、一升瓶をテーブルに運び、各グラスに注ぐという定番のプロセス。グループ客がそれぞれに違う種類を頼むと一升瓶を4~5本、テーブルまで運ばなければならず、男性スタッフでも二往復は必要だ。そこでオリジナル一合瓶に移し替えて一度に多種類の酒を運べるようにし、各自手酌で飲んでもらうシステムにした。日本酒は封を開けるたび空気に触れ劣化していくため、このシステムは日本酒の鮮度をキープするのにも役立っているそうだ。
こうした工夫を重ねているほか、店舗を賃料の安い地下にしていることから、1人880円の入館料+料理の利益で店を維持できるだけの利益を確保できているとのこと。同社では3~4年で全国に100店舗を展開したい考え。出店のスピードアップのため、フランチャイズ展開も視野に入れている。
最近、さまざまな日本酒のイベントが増えているが、集まっているのはほとんどが日本酒マニア。初心者にはハードルが高い印象が強かった。そうしたイベントを増やすより、同店のように「初心者も気軽に日本酒を試せる店」「日本酒好きが憧れの酒を手ごろな価格で飲める店」が増えるほうが、愛好者の底辺拡大にはつながるのではと感じた。
(ライター 桑原恵美子)
[日経トレンディネット 2016年1月21日付の記事を再構成]