体温が10℃以下も 冬眠という奇跡

日経ナショナル ジオグラフィック社

2016/2/9
ナショナルジオグラフィック日本版

睡眠に関するコラムを連載していることを知っている友人から、「冬眠の話はいつ書くの?」と聞かれたことが何度かある。私自身もこの季節になると、特にネタに窮すると何度も頭に浮かぶのだが、今ひとつ筆が進まないのには2つの理由があった。

第一の理由は、睡眠を研究している者にとっては、冬眠は何となくアンタッチャブルな存在なのである。冬眠初期の脳は睡眠状態に近いが、体温が更に低下して深い冬眠に入った時の脳活動が通常の深睡眠状態と類似しているのか、はたまた全く違うメカニズムが働いているのか、いまだ解明されていないのである。

第二の理由は、私自身が冬眠研究に全く関わったことがないからである。私の専門は睡眠医学と時間生物学で、これまでに連載で取り扱ったテーマは自分自身が研究もしくは医療で関わったものばかりである。それに対して冬眠研究はかなり特殊なテーマで、国内外でも取り組んでいる研究者はごく限られている。要するに教科書でしか勉強したことがないテーマなので偉そうに解説するのは何となく気が引けるのである。

しかし今回はご要望(?)にお応えして、冬眠という奇跡的な現象がどのようにして生じているかご紹介したいと思う。なんといっても、冬眠研究では近藤宣昭(こんどう のりあき)先生という世界をリードする素晴らしい成果を上げた日本人研究者がおられる。今回は近藤博士の業績をたどる回と表現しても過言ではない。

(C)PIXTA

冬眠の定義は実は難しい。一般的には冬場の一定期間にわたり哺乳類の体温が低下する、そして活動が停止する現象をさす。ポイントは冬に体温が“内在因的に”低下すること。外気温が下がるから低体温になるのではない。年周期リズム(概年リズム)に従い、気温の低下に先立って体温が低下する。したがって魚類や爬虫(はちゅう)類など変温動物が冬に不活発になるのは狭義の冬眠には含まない。「哺乳類が」と書いたのは「恒温動物なのに」という意味合いを含んでいる。

冬眠する動物では体温が10℃以下になる。心拍数やエネルギー消費量も1/50程度にまで低下する。仮に人が20℃以下の低体温になると細胞活動を担う遺伝子やたんぱく質の機能が損なわれ、心臓は活動を停止し、死に至ってしまう。しかし冬眠動物の場合には、後で解説するような精巧な体内メカニズムによって心臓や組織の障害が生じないように保たれている。

ハリモグラなどの単孔目や、シマリス、ハムスターが属するげっ歯目など7目、200種弱の動物で冬眠が見られる。ちなみに食肉目のクマも冬眠する動物に含まれているが、体温低下は小さくせいぜい30℃前後であるため、真の冬眠とは異なる面もあり、「冬ごもり」とか「冬越し」とか呼ばれることもある。

さて、冬眠は一般的に数カ月間続くが、ずっと低体温が続くわけではない。冬眠研究で用いられる代表的な冬眠動物であるシマリスの例(図)でも分かるように、冬季間でも何度も体温が平常レベルに戻ってはまた低体温になることを繰り返す。体温が上昇する時には冬眠中でも目を覚まして、時には溜め込んだ餌を食べて排便することもあるようだ。

冬眠中のシマリスの体温変化を示した図。冬眠開始後に体温はアップダウンしながら、10℃以下まで低下していく。低温期は徐々に長くなるが、一冬の間に何度も平常体温まで戻ることが分かる。体温が上昇している時期には冬眠中でも目を覚ます。(Kondoら、2006)(画像提供:三島和夫)

低体温でも生きながらえる驚異の仕組み

冬眠の最大のナゾは、どのようなメカニズムで低体温が生じるのか、そしてナゼ低体温でも生きながらえることができるのか、の2点である。先に紹介した近藤博士らはこの2つのナゾをかなりの部分まで解き明かしたのである。

ブレイクスルーはまず低体温でも生きながらえるメカニズムに関する研究で起こった。やや難しくなるが、生存に最も重要な心臓を例にとって解説しよう。血液を循環させるには心筋の収縮と弛緩(心拍)が繰り返される必要があるが、そのスイッチの役割を果たすのが細胞内のCaイオン濃度である。心筋はCaイオンの濃度が高くなると収縮し、下がると弛緩する。ふだんは細胞膜上にあるCaイオンの通り道(Caチャンネル)が頻繁に開閉することで、心臓の心拍をきちんと保っている。しかし、人の場合、低体温になるとこのチャンネルの開閉が遅くなり、心筋細胞内にCaイオンが蓄積して心臓が停止してしまう。これが低体温による直接的な死因となる。

ところが、冬眠動物では低体温に陥るとまずCaチャンネルを閉じてCaイオンの過剰流入による心筋のダメージを防止する機構が働く。それだけでは心拍も止まってしまうが、代わりに細胞内の器官である小胞体がCaイオンを積極的に出し入れして心筋細胞内のCa濃度を変化させ、心拍が途絶えないようにサポートする。すなわち低体温になると小胞体がCaチャンネルの肩代わりをするようになるのである。

小胞体は普段からたんぱく質の合成やCaイオンの貯蔵を行っているが、冬眠中にそのパワーが全開、いや大幅に増強されるのだ。このようなバックアップ機能は冬眠しない動物では備わっていない。心筋以外の組織ではどのような低温対策がとられているのか不明な点も多いが、冬眠中でも筋肉量が維持され、免疫能が低下しないなど身体機能は傷害されずに保たれているから実に不思議である。

冬に自動的に体温を下げる物質を発見

次に、冬季に体温が自動的に低下するメカニズムが明らかになった。近藤博士らは心筋の研究に引き続いて、冬眠を引き起こす特殊なたんぱく質(HP: hibernation-specific protein)をも見いだした。膨大な生体物質の中からこのような特殊な機能を持つたんぱく質を探し出すのは至難の業だが、自らが発見した心筋の機能変化を指標にして、効率的に生体物質をスクリーニングできたのが勝因である。HPは現在までに冬眠との関連がはっきりと証明されている唯一の物質である。

不思議なことに、血中のHP濃度は夏場に高く冬場に低い。冬眠を引き起こす物質ならば冬場に増加しても良さそうなものである。あまりにも専門的になるので詳細は省くが、実は冬には血液中から脳内に移行して体温中枢に作用して低体温を引き起こしていたのである。実際、特殊な方法で脳内のHPを働かないようにすると冬場でも冬眠が生じなくなる。

冬眠現象がHPだけで生じているのかまだ明らかになっていない。冬眠動物に特異的に認められる生体物質や、体内で濃度が季節変動する物質は他にも数多くあり、それらの一部が冬眠に関わっている可能性もあるだろう。しかし近藤博士らが発見したHPが非常に重要な役割を担っていることは間違いないと考えられている。

(イラスト:三島由美子)

冬眠研究を通じて低温ストレスに対する防御メカニズムの全容が解明できれば、医学的な恩恵も計り知れない。現在でも脳出血や頭部外傷の患者の神経細胞や組織を保護するために脳低温療法が用いられている。患者の体温を32~33℃程度まで落とすことで、代謝を抑え、低酸素状態にある脳部位のダメージを最小限に抑えるのである。この程度の低体温が神経細胞の保護効果と低温傷害のバランスからみて限界なのだという。正しい理論の元で、非冬眠動物である人間にも効果のある冬眠物質様の薬剤が開発されれば、脳神経だけではなく種々の疾患治療や臓器移植にも応用が可能だと期待されている。

少し古いSF小説では、不治の病に冒された主人公が「冷凍冬眠」で医学の進歩を待つ、などという設定を目にすることがあるが、「凍結」したのではいかにうまく「解凍」しても深刻な細胞傷害は避けられないというのが専門家の大方の見方のようだ。それに比べて冬眠では凍結までには至らないが極限まで体温を下げて、かつ低体温による傷害を抑えるという実に精巧なメカニズムが魅力である。太陽系外宇宙に飛び出すクルーにとって冬眠物質は必須アイテムの1つになるだろう。

三島和夫(みしま・かずお)
1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、2002年米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て、2006年6月より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。これまで睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者を歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2016年1月21日付の記事を再構成]

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著者:三島 和夫
出版:日経ナショナルジオグラフィック社
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