年金運用を産業活性化に生かせ(安東泰志)ニューホライズン キャピタル会長兼社長

2016/1/24

カリスマの直言

「年金は株式運用で損を出しているが、だからといって国債運用に限定するのはおかしい。国債投資はリスクが高まっている半面、リターンが見込めず『割に合わない』からだ」

年初から不安定な相場が続いている。株価が大きく下落し、運用損を抱えた個人や機関投資家もいるだろう。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は昨年11月30日、7~9月の運用損失が7兆8899億円だったと発表した。世界的な株安の影響で利回りは5.59%のマイナスとなり、安倍内閣が主導した運用改革後、初めての赤字に陥った。1~3月期も厳しいスタートになりそうだ。では、一部の政治家がいうように、年金は国債での運用に限定すべきなのだろうか。

年金(公的年金と企業年金では制度設計が異なるが、本稿ではまとめて「年金」という)の運用は、短期ではなく長期的にいかにリスク対比のリターンを上げるかということと、年金給付(債務)に見合った資産を維持できるかという2点が重要である。

GPIFは経済状況に応じたシナリオを複数公表しているが、メーンケースでは4.2%の名目運用利回りが必要とされており、また、企業年金もおおむね2%程度の名目運用利回りが必要である。これに対し、現在の10年物国債の利回りは0.3%前後だ。すなわち、国債への投資を存置することは、目標達成を放棄したに等しい。

国債への投資自体にリスクが高まっているという事情もある。日銀による「異次元緩和」がもたらすリスクだ。

日銀が考えているシナリオは、数年以内に物価上昇率2%を達成し、それに従って緩やかに金利が上昇するというものだが、現実にはなかなか厳しそうだ。

それとは逆に、何らかのショック(たとえば、国債の信認の急速な低下、異常な円安進行など)によって金利が暴騰するシナリオもあり得ないわけではない。金利の上昇は国債価格の下落を意味する。これ以上の金利低下の余地がない中、予想外に金利が高騰して国債に大きな含み損が発生するリスクは高まっている。

国債への投資はリスクが高まっている半面、リターンが見込めず「割に合わない」投資になっているといえよう。これに対処するためには、国債以外のリスク性商品(株式など)への投資を増やすか、あるいは、伝統的資産(債券・株式)以外への投資(オルタナティブ投資)を進めるしかないことは自明だ。

年金は働く人の老後のためにある。日本の産業が発展し、企業が収益を上げることは、掛け金の安定化、雇用の創出、株式市場の好転などによって、回り回って年金受給者に恩恵を与える。年金は超長期の投資家であることから、大きな役割の一つは産業の振興にあるといっても過言ではない。その先例は米国にある。

「その規模からして、年金基金はアメリカの資本市場そのものであるというべき。そうであれば、市場平均を上回る投資戦略をとっても結果的には意味をなさない。経済全体を持ち上げる戦略によってこそ、年金加入者の方々も報われるのだということを意識する必要がある。アメリカ経済のオーナーとして、年金基金も、長期的に見てアメリカ経済そのものに価値を加えていく努力をしていかなくてはならない」――。

1994年6月、米労働省企業年金福祉局長のオリーナ・バーグ氏は「エリサ法施行20年、来し方と今後の展望」と題してワシントンで講演し、こう強調した(「アメリカ年金事情」ダラス・ソールスベリー編・大川洋三訳、新水社、2002年10月刊より)。

こうした考え方に基づき、現在では米国の年金はオルタナティブ商品の代表格であるPE(プライベート・エクイティ=企業再生ファンドや買収ファンド)に対する投資を盛んに行っている。特に公的年金は、総資産の10%内外をPEに投資している。PEの場合、新規資金や人材が企業に投下され、産業の新陳代謝を促すことができる上、流動性が低い分だけ超過収益が得られるためだ。

たとえば、米国を代表する公的年金であるカルパース(カリフォルニア州職員退職年金基金)は、PE、ベンチャーキャピタル(VC)への資産配分目標値を14%と定めている。また、PE投資のための専門家も50人以上確保している。カルパースは、PE・VCへの投資を積極的に行う理由として、(1)市場連動型金融商品との低い相関(2)過去長期にわたるリターンの安定性(3)自国・自州経済の経済産業育成を挙げている。

インテル、アップル、グーグルなどカリフォルニアのベンチャー企業の発展に公的年金が果たした役割は計り知れない。しかも、それがカルパースの年金受給者の長期的な意味での利益にもなったことはいうまでもない。

年金運用にPEを加えようというと、「国民の大事な年金をリスクにさらすのはけしからん」という話になりがちだ。しかし、筆者の試算では、国債100%での運用に比べると、PE投資を加えた方がリスクは低くなり、リターンは向上する。国債だけでの運用を主張する人は、分散投資によるリスク低減効果を考慮していない。

さらに、既に述べたように、国債自体、リスクが高い商品になりつつあることを忘れてはならない。

もちろん、PE投資には若干留意すべき点はある。たとえば流動性が高くないこと、投資のたびに資金を供出する方式(キャピタルコール)で手間がかかること、金利(インカムゲイン)が安定的に入らないこと、などだ。しかし、公的年金がわずか数パーセントをPEに投資しても、それは全体の中では誤差の範囲の話だし、企業年金も、年金支給(債務)に見合った分の金額を国債など利付商品で運用し、残額を株式やPEで運用すれば問題ない。若干不慣れな点があるからといってPEを素通りするのは、年金として社会的に責任ある態度とはいえないのではなかろうか。

安東泰志(あんどう・やすし) 1981年に三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、1988年より、東京三菱銀行ロンドン支店にて、非日系企業ファイナンス担当ヘッド。90年代に英国ならびに欧州大陸の多数の私的整理・企業再生案件について、参加各行を代表するコーディネーターとして手がけ、英国中央銀行による「ロンドンアプローチ・ワーキンググループ」に邦銀唯一のメンバーとして招聘(しょうへい)される。帰国後、企画部・投資銀行企画部等を経て、2002年フェニックス・キャピタル(現・ニューホライズンキャピタル)を創業し、代表取締役CEOに就任。創業以来、主として国内機関投資家の出資による8本の企業再生ファンド(総額約2500億円)を組成、市田・近商ストア・東急建設・世紀東急工業・三菱自動車工業・ゴールドパック・ティアック・ソキア・日立ハウステック・まぐまぐ・たち吉・武田産業など、約90社の再生と成長を手掛ける。東京大学経済学部卒業、シカゴ大学経営大学院(MBA)修了。事業再生実務家協会理事。著書に「V字回復を実現するハゲタカファンドの事業再生」(幻冬舎メディアコンサルティング)。
安東泰志さんのブログでは、読者の皆様からのご意見、ご感想を募集しております。原則、記事公開から1週間受け付けます。
こちらの投稿フォームからご意見をお寄せください。*会員限定
近づくキャッシュレス社会
ビジネスパーソンの住まいと暮らし