アートの直島 ポストモダン建築の町役場も見所満載
岡山県の宇野港からフェリーに乗って20分。着いたところは直島の宮浦港だ。出迎えてくれるのは「海の駅なおしま」。SANAA(妹島和世+西沢立衛)の設計で2006年に完成したフェリーターミナルである。近年の直島は、アートと建築の島として名高く、それを目当てに多くの観光客が訪れている。
農漁業と銅精錬所で成り立っていた直島が変貌するきっかけとなったのが、1992年にオープンしたベネッセハウス・ミュージアムだ。設計したのは安藤忠雄で、その後も安藤は、ベネッセハウス・オーバル(95年)、南寺(99年)、地中美術館(2004年)など、数多くの建物を完成させている。
直島の建築家といえば安藤忠雄。そんな連想がすっかり定着した昨今なのだが、1980年代までは直島の建築家といえば石井和紘だった。
最初の作品は直島小学校(1970年)である。この建物を東京大学吉武泰水研究室の一員として担当した石井は、竣工当時、弱冠26歳だった。以後、直島幼稚園(74年、共同設計者:難波和彦)、直島町民体育館・武道館(76年)、直島中学校(79年)などを続けて手がける。これらの建物に次いで設計を依頼されたのが、町役場であった。
直島町役場は島内を走るバス・ルートの途中に建っている。周囲には民家を利用したアート作品「家プロジェクト」が点在する。そのため、多くの観光客がこの建物を目にするが、ほとんどは立ち止まらずに通り過ぎるだけだ。しかしこの建物こそ、ポストモダン巡礼の聖地とも言える記念碑的建築なのである。
引用で埋め尽くされた建築
直島町役場は、4階建ての鉄筋コンクリート造ながら、伝統的な和風建築を装っている。左右非対称の不思議な屋根を持った外観は、京都・西本願寺にある飛雲閣を模したものだ。飛雲閣は金閣、銀閣と並ぶ京都の三名閣のひとつとされる。この国宝の数寄屋建築を、ここではまるごと写し取ってしまった。
全体の形ばかりではない。窓は京都・角屋の欄間、塩尻・堀内家の障子引き手など、塀は伊東忠太の築地本願寺、外階段はさざえ堂、廊下の壁は辰野金吾の旧日本生命九州支社、議場の天井は折上格(おりあげごう)天井……といった具合に、建物の部分がそれぞれ実在する有名建築をモチーフにしているのである。
和風にしたのは町の意向であり、石井は最初、悩んだというが、数寄屋、民家、近代建築など、古今の日本建築をこれでもかとばかりに集めることで、それに応えてしまった。この建築は、日本建築の引用だけででき上がっていると言ってもよい。
石井はこの町役場以外でも、引用をたびたび行ってきた。たとえばスピニング・ハウス(84年)は国会議事堂、バイコースタルハウス(83年)はクイーンズボロブリッジとゴールデンゲートブリッジ、牛窓国際交流ヴィラ(88年)は三十三間堂を引用している。
極めつけは、同世代の橋(86年)という住宅で、石山修武、毛綱毅曠、伊東豊雄といった、石井にとってライバルでもあるはずの建築家13人の作品をコラージュしたもの。建築家という人種は、自分ならではの新しい建築をつくろうとして苦闘するものだが、石井にはそうしたことに対するこだわりが全くないようにも見える。
「間テクスト性」の理論でポストモダン思想に影響を与えた言語学者のジュリア・クリステヴァは、著書『セメイオチケ』(邦訳:せりか書房、1983年)の中で、「どのようなテクストも様々な引用のモザイクとして形成され、テクストはすべて、もう一つの別なテクストの吸収と変形に他ならない」と記した。石井にとって建築は、クリステヴァがとらえるようなテクストであり、引用のモザイクなのである。
日本建築のポストモダン性
引用はポストモダン建築の重要な手法である。この手法を採った建築家は石井だけではない。つくばセンタービル(1983年)の磯崎新も、その代表だ。2人の大きな違いは、磯崎が日本を引用元とすることを周到に避けたのに対し、石井は過剰なまでにそれをやってしまったことだ。
磯崎が避けた理由は、日本を象徴的に表現してしまうことの危険性を察知したからだろう。一方、石井はパロディとして見せてしまえばいい、と踏んだ。そして、よりパロディらしく見せるために、日本建築を薄っぺらい図像として抽出し、それを大量にぶち込むという作戦に出た。
そうして出現したのが、日本の伝統をポストモダン建築として再構成したこの町役場なのだ。そしてこの建物は、もうひとつ別のことを見る者に示唆する。ここで用いられている引用の手法とは、数寄屋において伝統的に行われている「写し」のやり方にほかならない。つまり、日本建築とは、そもそもポストモダン的だったのではあるまいか。
ただし、この見方はモダニズムの建築家たちが、桂離宮などを例として挙げながら、日本建築はそもそもモダニズムに近かった、ととらえたのと相似形である。日本の伝統とどう向き合うかという問題においては、モダンとポストモダンは、実はなめらかに連続しているのであった。
(ライター 磯達雄、イラスト 日経アーキテクチュア 宮沢洋)
[日経アーキテクチュア『ポストモダン建築巡礼』を基に再構成]
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