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 「特別養子縁組」は望まない妊娠や貧困などで実の親が育てられない子を、養親が実の子として育てる。新生児への虐待を防ぎ、安定した成育環境を与える利点がある。不妊に悩む夫婦ら関心を寄せる人は多いが、普及はなかなか進まない。現状と制度改善に向けた動きを取材した。

施設偏重 自治体や児相間の取り組みに格差

千葉県に住む会社員、石下洋志さん(43)、綾さん(41)夫妻は4年ほど前から特別養子縁組を考え始めた。綾さんは29歳から不妊治療を受けていたが2度の流産を経験し、「治療を続けるのが怖くなった」。精神的に追い詰められていく綾さんに洋志さんは養子を考えてみようと提案した。綾さんは「ほっとした。私たちが血のつながりにこだわりを持たず、来てくれる子どもがいるなら選択肢だと思った」。

2人の子との特別養子縁組で4人家族となった石下洋志さんと妻の綾さん

2人の子との特別養子縁組で4人家族となった石下洋志さんと妻の綾さん

児童相談所や複数の民間のあっせん事業者に足を運び情報を集めた。2012年春に都内の民間事業者に養親登録し、8月に長女(3)、14年9月に長男(1)を迎えた。それぞれ家庭裁判所の審判を経て特別養子縁組した。

子どもたちには「産んでくれたお父さんお母さんがいる」と伝え、周囲にも養子縁組であると明らかにしている。「血のつながりがないこと以外は普通の家族とまったく同じ。こういう家族の形もあると知ってほしい」と洋志さんは話す。

特別養子縁組は生みの親が育てるのが難しい6歳未満の子について、養親との間に法的な親子関係を結ぶ制度だ。児童相談所を通じて養子縁組を前提とした里親委託を受ける場合と、民間の医療機関や事業者によるあっせんがある。

司法統計によると、14年度は513件成立した。委託を受けて一定期間子どもを家庭に迎える里親と違い、「養子縁組は法的に安定した恒久的な家庭を提供できるという意味で、子どもの福祉にとって望ましい」と社会的養護に詳しい日本女子大学の林浩康教授は指摘する。

一方で、乳児院に入っている乳幼児は約3000人(13年3月末時点)。13年度に児童相談所が新たに委託先を決めた0歳児の85%が乳児院に入っている。国は家庭的な環境での養護を推し進めるが、施設偏重の実態は変わっていない。

特別養子縁組が普及しない背景にあるのが、「自治体や児童相談所間の取り組みの格差」(林教授)だ。愛知県のように妊娠中からの相談や新生児の委託に、積極的に取り組む自治体がある一方で、増え続ける虐待対応や人員不足から消極的なところは少なくない。13年度に特別養子縁組を前提とした里親委託があった児童相談所は6割弱だ。

特別養子縁組を進めるための法制度が整わず、民間事業者への公的支援がない現状もある。事業者は届け出制で、事業運営に関する明確なルールがないため、養親の登録条件や審査方法、かかる費用は事業者によりバラバラだ。

また情報が不足している。特別養子縁組を希望する人の多くは不妊治療を経た夫婦。児童相談所、民間事業者とも養親の年齢上限を40~45歳を目安とする場合が多いが、晩婚化や治療の長期化で「治療をあきらめ養子縁組を希望したときには、年齢で登録できない例が少なくない」と日本財団(東京・港)の特別養子縁組事業企画コーディネーターの赤尾さく美さんは話す。

妊娠中から生みの親を支える取り組み不可欠

同財団は13年、特別養子縁組の普及を目指す「ハッピーゆりかごプロジェクト」を始めた。民間事業者への支援や養親のための研修、法整備へ向けた政策提言をする。

15年には全国の自治体などが運営する妊娠SOS相談の相談員を集めた勉強会を初めて開き、ネットワーク化を進める。「妊娠中から相談に乗り、生みの親を支えることが適切な縁組には欠かせない」(赤尾さん)

病児保育事業を手掛けるNPO法人フローレンス(東京・千代田)は4月から「赤ちゃん縁組事業」を始める。電話やウェブ上のチャットでの妊娠相談で、望まない妊娠などに悩む実親を支援する。特別養子縁組を希望する場合、養親希望者から委託先を選ぶ。「赤ちゃんの虐待死は2週間に1度の割合で起きているが、有効な対策を打てていない。組織力を生かして多くの子どもを救い、政策提言につなげたい」と駒崎弘樹代表理事は話す。クラウドファンディングで事業資金の寄付を募ったところ、3週間で2800万円を超えた。

児童福祉法改正を議論する厚生労働省の専門委員会は「特別養子縁組の推進を児童相談所の重要な業務として同法に位置づける」「民間団体に対する許認可のあり方を検討する」ことなどを報告案のたたき台に盛り込んだ。政府・与党では、特別養子縁組のあっせんについて定める議員立法の動きが進む。

林教授は「基本的にはあらゆる子どもに法的安定に基づいた家庭を提供すべきだ。民間の力を生かしながら普及啓発を進めていくことが必要」と話している。

(女性面副編集長 佐藤珠希)

▼特別養子縁組 普通養子縁組では実親との親子関係は消滅しないのに対し、特別養子縁組は実の親との親族関係を断ち、戸籍上も養親の実子となる。
 原則として実の父母の同意が必要で、「子の利益のため特に必要がある」と認められるときに成立する。養親になれるのは原則25歳以上で結婚している人。民法上は年齢の上限はないが、厚生労働省の里親委託ガイドラインは「子どもが成人したときにおおむね65歳以下となるような年齢が望ましい」とする。
 民間事業者は第2種社会福祉事業として都道府県への届け出が必要だ。厚労省によると14年9月現在19事業者の届け出がある。
 児童福祉法改正を議論する同省の「新たな子ども家庭福祉のあり方に関する専門委員会」は、報告案のたたき台で民間事業者の許認可のあり方の検討のほか、原則6歳未満という子の年齢制限の見直しや、出自を知る権利の保障の必要性を指摘している。

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