ナショジオ

睡眠

間違いだらけの「寝不足は太る」

日経ナショナル ジオグラフィック社

2016/1/26

ナショナルジオグラフィック日本版

(イラスト:三島由美子)

三島: ヒツジ君、トリ君、あけましておめでとう! 本年もヨロシクね。

ヒツジ&トリ: おめでとうございます! こちらこそよろしくお願いします!

三島: この連載も二度目の正月を迎えることができました。連載を始めた当初は1年くらい続けられればいいな、なんて考えていたんですけどね。これも声援とクリックしていただいた読者の皆さんのおかげです。

ヒツジ: 私たちも毎回登場させていただき、睡眠についてもだいぶ詳しくなりました。個人的には朝型勤務の回がとても印象的でした。夜型生活から抜け出せず悩んでいたのですが、体質的な側面があること、気合いだけで乗り切れるわけではないことを知ってとても気分が楽になったのを憶えています。朝型生活に切り替えるためのコツも役立ちました。

トリ: 僕の場合は時差ボケの回だな。渡り鳥になるのが夢なんで、備えあれば憂いなしってことで。でも時差ボケ理論は難しくて、いまだによく分からない点があるんだよなぁ。

ヒツジ: 分からないなら復習しなよ! でも、ニワトリは渡り鳥にはなれないから! 先生、2016年は申(さる)年なのでサル君もゲストでお呼びしています。

三島: おー、いらっしゃい。サル君には2015年に「認知症と睡眠の切っても切れない関係」の回でイラストに登場してもらいました。サルの中でもチンパンジーやオランウータンなどの大型類人猿は寝床で横になってぐっすり眠るなど人に近い睡眠習慣を持っています。小型動物では外敵の襲撃に備えて何度も中途覚醒するなど断続的な睡眠になりがちだけれど、大型類人猿の睡眠構造は人と同じように深くて長い睡眠が特徴なんだ。

サル: お呼びいただきありがとうございます。ちなみに私はニホンザルでオナガザル上科に属するサルです。大型類人猿になるヒト上科とは2500万年以上前に分岐したと聞いています。でも夜はぐっすり寝ていますよ。

三島: それはよかった!

(C)PIXTA

さて、みんな年末年始はたっぷり楽しめたかな? 連日の忘年会から始まって、クリスマスのケーキとシャンパン、大晦日の夜更かしと年越しそば、おせち料理、昼酒でうたた寝ナドナド、睡眠と腹囲には厳しいイベントが続いたよね。

私の場合も年末年始は仕事と会合が立て込んで睡眠不足が続くほか、ついつい食べ過ぎて2kg以上成長してしまいます。同じような悩みをお持ちの読者も多いと思うので、今回は巷(ちまた)でよく言われている「睡眠不足で肥満になる」という話について検証してみたいと思います。

サル: 私はともかく、サル界でも肥満は問題になっています。大阪府堺市大浜公園のサル仲間(編集部注:アカゲザル)は「メタボ猿」なんて呼ばれて、中には糖尿病になってしまったものまでいます。ですから、睡眠と肥満の関係にも大いに興味があります。

三島: 大浜公園のサルは観光客が与える餌が原因らしいけどね。人もサルも肥満の悩みは尽きないね。今回はオブザーバー参加ということでゆっくり見学していってください。

さて、多くの疫学調査からはっきりしているのは、睡眠時間と肥満は一般的に「U字型」の関係にあるということ。つまり、睡眠時間が短くても長くても肥満傾向が強くなる(図ではBMIが高くなる)ことが分かっているんだ。

短時間睡眠が肥満リスクを高めることは横断調査だけではなく、コホート研究でも示されていて、両者の関係はまず間違いないと考えられている。ちなみに、コホート研究とは前方視研究とも呼ばれ、特定の集団を長期間にわたって追跡調査するため、横断調査よりも信頼度が高いんだ。

米国ウィスコンシンの住民を対象にしたコホート調査では、睡眠時間の長さとBMIの関係が報告されている。BMI=体重(kg)÷(身長(m)×身長(m))は日本人では25以上、米国人では30以上が肥満に相当する。図中の数値は性別や年齢等で補正してあるため通常のデータとの比較はできないが、睡眠時間との関連を見てほしい。(Taheriらのデータから作成)(画像提供:三島和夫)

トリ: 長くても短くてもBMIが大きくなるなんて、なんか変。本当に関係しているのかなぁ?

三島: トリ君、真っ当な疑問だね。実はこのようなU字型の関係は「睡眠時間とうつ病罹患率」、「睡眠時間と糖尿病罹患率」、「睡眠時間と寿命」など他のさまざまな指標でもみられるんだ。結果は同じでも短時間睡眠と長時間睡眠は異なるメカニズムで働いていると推測されているよ。長時間睡眠のメカニズムについては別の機会に譲るとして、今回は睡眠不足が体重増加を引き起こすメカニズムについて考えてみよう。

さまざまな方面から研究が行われているけれど、最も精力的に研究されたのは「睡眠不足→摂食ホルモンの変化→食欲増進→肥満」というステップ。雑誌なんかでもよく取り上げられているよね。

■まさに睡眠の都市伝説!

ヒツジ: 私もどこかで読んだことがあります。摂食ホルモンというのは食欲を高めたり、下げたりするホルモンですよね。睡眠不足になると食欲が増進するホルモンが分泌されるとかカントか。

三島: お、ヒツジ君、よく知っているね。睡眠に関連する摂食ホルモンとして注目されたのが食欲を高めるグレリンと食欲を抑えるレプチン。たとえば、先のウィスコンシンの調査では睡眠時間が短い被験者ほどグレリンの血中濃度が高く、逆にレプチンの濃度が低いことも明らかになっているんだよ。

でも研究データをよく吟味すると解釈に注意を要することが多いんだ。元論文を読んでいないためだと思うけど、記事の中には拡大解釈をして誤った結論に至ったり、効果がはっきりしていない対処法を薦めたりするものが少なくないようです。

ヒツジ: まさに睡眠の都市伝説ですね。

三島: そうなんだ。「睡眠時間と肥満」に関する研究データを紹介する記事や書籍の中にも典型的な都市伝説パターンに嵌まっているものが少なくないので、少し斬り込んでみようかと思います。

「睡眠不足→摂食ホルモンの変化→食欲増進→肥満」の最初のステップ「睡眠不足→摂食ホルモンの変化」についてはたくさんの実験データがある。一番有名なのはシカゴ大学の研究グループによる一連の研究で、たった2日間の短時間睡眠でも摂食ホルモンの変化が生じることを報告しているんだ。しかも睡眠時間が短くなるにしたがって食欲を抑えるレプチンの濃度が低くなるというスマートなデータを示したのでとても有名になりました。

同じ被験者に就寝時間(消灯時間)8時間で3日間、4時間で6日間、12時間で7日間過ごしてもらい、各就寝セッションの最終日に血中レプチン濃度(ng/ml)の日内変動を測定した。縦ヒゲはSEM(標準誤差)。実質的な睡眠時間は図の上段に書いてあるが、睡眠時間が短くなるに従ってレプチン濃度が低下していることが分かる。(Spiegelらのデータから作成)(画像提供:三島和夫)

トリ: なんだか睡眠不足で肥満になる話がホントっぽく聞こえてきた。

三島: え、もう納得させられたの(笑)。事はそれほど簡単じゃないよ、もう少し良く考えてみて。

まず睡眠不足が体重に影響を与えるまでの期間について考える必要があるよね。これまでの疫学調査で明らかになっているのは年単位の長期的な影響についてだけ。数日~数カ月程度の短期間の睡眠不足が体重に与える影響は確定していないよ。

トリ: ふーん、じゃあ「年末年始の睡眠不足で正月太り」っていうタイトルの記事があったらまず疑ってかかるべきだな。でも長期の睡眠不足は体重増加と関係しているんでしょ。摂食ホルモンの影響がたまって体重が増えるんじゃ……。

■摂食ホルモンと連動しない食欲も

三島: 睡眠不足のシミュレーション実験には限界があって、摂食ホルモンの変化を見た研究の実験期間はせいぜい数日~1週間程度。そのため、年単位の長期にわたって摂食ホルモンが短期実験のような高値や低値を続けるか疑う研究者も多いんだ。一般的に体のシステムは正常な状態を保とうとする強い力(恒常性維持機能)が働くので、睡眠不足で数日~数週間程度は摂食ホルモンの異常が生じても、その後徐々に正常化するのではないかという意見も根強い。

それに睡眠不足にしても普通は365日続くことはなくて、週末には寝だめをしたり、日によって違うよね。そのような睡眠時間の変動が摂食ホルモンに与える影響もほとんど分かっていないしね。

ヒツジ: 問題は、睡眠時間が摂食ホルモンに与える影響は実験環境で調べた短期間のデータしかない、長期的な影響は不明ってことですね。

三島: その通り! さて、睡眠不足で(短期か長期か分からないけど)摂食ホルモンの変化が生じたとして、第二のステップ「摂食ホルモンの変化→食欲増進」について考えてみよう。確かに実験で被験者を睡眠不足にすると摂食ホルモンの変化と同時に食欲が高まります。でも、両者の間に(相関関係だけではなく)本当に因果関係があるのか証明されていないんだ。食欲の調整に関わっているホルモンや神経は沢山あるからね。もしかしたら摂食ホルモンは脇役かもしれない。

例えば、睡眠不足の被験者に美味しそうな食事の画像を見せると食欲や快感、情動などに関連する脳部位が活発になることも明らかになっている。また興味深いことに、睡眠不足時には低カロリー食よりも高カロリー食、特に炭水化物や脂質リッチなメニューの画像にこうした部位が強く反応するけれど、その変化は必ずしも摂食ホルモンの濃度とは関連しないんだ。

トリ: 僕の場合は食欲の決め手は朝の天気だな。朝イチバン、声高らかに鳴いた後の爽快さと朝飯の美味しさと言ったら!

ヒツジ: そんな話、今、関係ないだろ!

三島: いやいや、気分と食欲の話にも一理あるよ。例えば抑うつ傾向のある人の一部は過食や体重増加もみられるし、極端な例では冬季うつ病の過眠、過食、体重増加が有名で、このコラムでも以前も取り上げました。長時間睡眠で体重が多い人々(U字型の右端)の中にはこのような抑うつ者が多く含まれていると考える研究者もいるんだ。

トリ: へへん! ヒツジはニワトリにとって一番鶏になることの価値が分かってないんだよ。順番は序列で決まってて雄鶏にとって大変名誉なことなんだ。

■肥満の原因は高い食欲ではない?

三島: さて、最後に第三のステップ「食欲増進→肥満」に移ろう。この当たり前のように思えるステップが実は疑わしい。睡眠不足と肥満をつなぐミッシングリンク問題なんだよ。「食欲が高まる」ことは事実としても、そのことが実際に「肥満になるほど食べる」という行動を引き起こすのにどの程度貢献しているかよく分かっていない。

むしろ、食欲が高まったときにドカ食いしないように抑える情動制御力が弱まっていることが肥満リスクの主因ではないかという意見もある。健康を意識していてもいったん食べ始めると腹八分で抑えきれない、とかね。実際、睡眠不足に陥ると情緒面で不安定になったり、欲求不満を抑える力が低下することもよく知られているよ。

ヒツジ&トリ: 先生! さっぱり分からなくなりました。今回のお話のオチはどうなっているんですか? 「睡眠不足→摂食ホルモンの変化→食欲増進→肥満」という仮説は正しいのか正しくないのか白黒つけてください!

三島: 正月早々混乱させてゴメンね。正月太りにかこつけて睡眠と食のお話をしようと思ったんだけど少し脱線してしまったようです。2人の質問への回答は「まだ分からない」です!

ま、ま、怒らないで。私が伝えたかったのは、「睡眠不足→肥満」という関係が疫学調査で明らかになっても、その背景にあるメカニズムはとても複雑だということ。多くの実験データがあってもっともらしく見える摂食ホルモンの話も「因果関係」の視点から見直すとまだまだ肥満の(大きな)原因であるという証拠は不十分だということを知ってもらいたかったんだ。最近では摂食ホルモンのデータを拡大解釈して「よく寝ると痩せる」みたいなキャンペーンも見かけるけど、摂食ホルモン以上に証拠は不十分です。

ということで、2016年も睡眠にまつわる都市伝説に斬り込んでいくつもりです。本年もヨロシクお願いします。

最後に2016年の干支のサル君、今回のお話を聞いて一言お願いできるかな。

サル: 私は寝正月派なので心配無用です。私たちサルは雑食ですが、木の実や葉っぱ、果実など植物性たんぱくを中心に、時折昆虫やカエルなどもいただくなどバランスが取れた食事をしていました。もちろん睡眠も大事ですが、肥満の原因はなんといってもカロリー過多と栄養の偏りで、大浜公園のサル仲間もまたその被害者です。まずは、食生活の見直しをする。その上で適切な睡眠習慣を一助としたらよいでしょう。ま、すべてはバランスの問題ですね。

睡眠好きの方々にはちょっとキツいことを申し上げました。あ、でも、個人的には睡眠不足時に炭水化物や脂質に脳が反応しやすくなるという画像研究の話が面白かったですね。すなわち睡眠習慣が食の嗜好を変えるかもしれない。「You are what you eat.」という諺は日本語では「健康は食にあり」と訳されることが多いようですが、私は「食は文化と教養」だと思っています。それが睡眠に影響されるというのは驚きですね。

三島&ヒツジ&トリ: サル君、あなたタダ者じゃないね……。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2016年1月7日付の記事を再構成]

朝型勤務がダメな理由 あなたの睡眠を改善する最新知識

著者:三島 和夫
出版:日経ナショナルジオグラフィック社
価格:1,512円(税込み)

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